旅人に問う





ざばーっと、まるで滝の内側から外を見たように雨が降り続けている。
マルチェロとククールが慌てて避難した洞窟に、雨は轟音となって響いていた。

「すげー雨!こんなに雨が降ってんの初めて見たぜ」

びしょ濡れになってしまったマントを脱ぎながら楽しそうにククールが言った。
目は外の景色に釘付けになっている。
とは言っても雨で煙って何も見えない状態なのだが。

小さく呟く声が聞こえたので振り返ると、マルチェロが呪文を詠唱していた。

「メラ」

「ぎゃっ・・!」

ぼぉんっ、と炎の爆発音がして視界が真っ赤に燃え上がる。

「いきなり何してんだ!!?」

「このままでは体が冷えてしまうだろうが、火を起こしただけだ」

マルチェロの肩越しに奥を見ると、倒れていた古木に引火して良い具合に焚き火が出来上がっていた(かなり大規模な)。

「一言声をかけるとかしろよ!」

「燃やされるとでも思ったか?」

「バギで百万倍返しにしてやる」

「馬鹿かお前は、風は火を煽るだけだぞ」

内心かなりびっくりしていたククールはぶつぶつ文句を言っていたが、火の傍に来ると暖かさに気が収まったのかマントを火にかざしながら口笛を吹きはじめた。
洞窟の中に細い口笛の音が響く。
マルチェロもマントをきつく絞ると同じようにして火にかざした。

「にしてもすげー音。頭ん中でわんわん言ってるぜ」

ククールは口笛を止め、目を閉じて耳を澄ました。
マルチェロは横目でちらりとククールを見てから、同じように目を閉じた。
水音は激しく止むことなく耳に入っているはずなのに、マルチェロはいつの間にか静かな暗闇の中に立っている自分に気付いた。
間断なく続く音は逆になくなった瞬間に違和感を感じるだろう。


「なぁ」


弟の声が暗闇に響き渡る。

「いつまで旅を続けるつもりなんだ?」

「お前はいつまで旅を続けるつもりだ」

「質問に質問で返すな、ってアンタの口癖じゃなかったっけ?」

ククールの小さな笑い声が聞こえる。

「オレはもう旅人じゃないし、両親に先立たれた不幸な修道士でも、まして聖堂騎士団員でもない」

「ではお前はなぜ旅を続けている」

目を開けて横を見ると、弟はすでに手を下げてこちらを見ていた。
顔は赤々と炎に照らされて、瞳が紫色に光っている。

「オレは旅をしてるんじゃない。もう帰るところは見つけたんだ、だから、旅人のオレはもういないんだ」

「ならば帰れ」

「もう帰ってるさ」

真意が読めずに眉を顰めるマルチェロの目を、ククールが真っ直ぐに見ながら言った。


「マルチェロの傍がオレの帰るところだ」


軽く片眉を上げたマルチェロを無視してククールは続けた。

「この場に旅人はアンタだけだよ、荒んだ目しやがって。どこにも満足できない我儘で、目的地もないくせに」

ククールはそこで言葉を区切ってから、息を吸い込んだ。
マルチェロは何も言わずに言葉の続きを待っている。

「アンタは何を探してる?」

ばさっ

マルチェロは視線を逸らしてからほとんど乾いたマントを大きく払った。


「私の傍から、お前がいなくなる理由を探している」


「ないさ、そんなもんない」

ククールはマルチェロを見つめたまま即答した。

「永遠に見つからないよ」

「では」

マルチェロは片頬で皮肉な笑いをした。

「見つかるまで永遠に旅を続けてやるさ」

 

 

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