流砂・流転





「砂漠か・・・」

「そっ、なーんもないだろ」

ルーラで着地した瞬間肌を刺すような熱い空気に包まれて、マルチェロは思わず顔をしかめた。
何故か花束を持っているククールは、そのままマルチェロを無視して砂色に汚れた教会へと入っていった。
重い音を立てて閉まる扉の中に吸い込まれていく銀糸を見送る。
マルチェロは一度ゆっくりと目を閉じてから大地を覆う大量の砂を見た。
風が吹くたびに目や耳の中に砂が入る。
聞こえる音と言えば、風に吹かれて舞う砂音だけだ。

「今日は風が弱いってさ、いい日に来られたよ」

目に砂が入らないように顔を覆いながら立っていると、いつの間にか横にククールが立っていた。
手に持っていた花束がなくなっている。
大方教会のシスターにでも渡したのだろう。
ちらりと視線をやれば、にっこりと微笑まれた。
自分の顔の使い道だけは完璧な弟だが、マルチェロだけは永遠に騙されない自信がある。

「ここのシスターは美人なようだな」

「まぁね、不毛の地だから久しぶりにこんな綺麗な花を見たって喜んでたぜ」

本人も誤魔化せたとは思っていないらしく、肩をすくめて見せた。

「砂嵐がない分日差しがキツイのが厄介だな、これを巻いてから行こう」

ククールから渡されたターバンで頭と顔をすっぽりと覆う。
外から見えるのはマルチェロの深い緑の瞳だけになった。
ククールは上手く巻くことが出来ずもたもたしていたので、後ろからターバンを取り上げてさっさと巻いてやった。

「・・どうも」

ぶすっとしながらもククールは礼を言った。
その表情は昔から変わらない。
思わず笑いを洩らせば、くるっと背中を向けて歩き出した。

「不器用なのは相変わらずか。さて、どこへ向かうつもりだ」

「その尋問口調も変わらずだな!・・とりあえず東にある井戸に向かうぜ!」

照れ隠しに叫んだククールに置いていかれないよう、マルチェロは黙々と後を追った。




「や、やっと着いた・・・」

井戸に着いた瞬間、ククールは井戸の縁に手をかけてバタンと大の字に倒れこんだ。

「あれだけのペースで進めばバテてしまうことなど、いくらお前でもわかるだろう」

崖が日差しを遮っているためか、急に涼しくなったので軽く身震いがする。
寝転がっている弟のわき腹を軽く蹴り、マルチェロも井戸に背中を預けて座った。
ククールは言い返す気力もないらしく静かに倒れこんでいた。
マルチェロも慣れない砂漠に流石に体力を消耗させられたので、それ以上は言わずに目の前の砂を見つめる。
ひやりと冷たい砂の手触りに疲れが癒されるようだ。
さらさらと砂で手慰みつつ、ククールに目をやった。
顔はすっかりターバンで覆われてしまっていてどんな表情をしているのかは見えないが、荒かった呼吸が安定してきているのが上下する胸の動きでわかる。

「自慢の髪が砂塗れだぞ」

「・・・別に、どうでも」

「ここが目的地ではないのだろう、いい加減動かないと夜になる。凍死したいのか?」

マルチェロは立ち上がって砂を払うと、井戸の中を覗き込んだ。
水はないようだ。

「あ・に・きー」

振り返ると、ククールが寝転んだまま手を真っ直ぐ上に持ち上げていた。

「起き上がれないから起こしてください」

「甘えるな」

「・・弟はいくつになっても弟なんだから、もうちょっと可愛がってやっていいんじゃない?」

ククールの言葉は、突如マルチェロの心に黒い影を呼んだ。
無意識に喉を押さえる。

「・・・先に行く」

短く呟いて井戸を下ると、小さな砂嵐が起こっていた。
恐らくこれが目的なのだろうと見当を付けてそのまま砂嵐の中へ足を進めた。
一瞬体が光に包まれたかと思ったが、特に変わったところはないようだ。

ーいや

よく辺りを見渡せば、先程はなかったサボテンが生えている。
どうやら移動ができるようになっているようだ。
ロープを伝って上へと上る。
外へ出て辺りを見渡して、思わず息を飲んだ。


「よ、っと」

ククールは井戸からしなやかな動きで飛び出たが、思わぬところにいたマルチェロに顔からぶつかった。

「っだ、何してんだアンタ」

「これが見せたかったのか」

「・・・まーね」

二人の目の前には、大きな竜の化石があった。
いったい骨になる前はどれだけの大きさだったのだろうか。
いったいどれほどの年月をかけてここで骨と化したのだろうか。

「圧倒的だな、ここは」

マルチェロは目を伏せて囁いた。
ククールはじっと兄の背中を見つめた。

「自分がいかに小さいのかが身に染みるだろ」

「そうだな」

言うことが見つからず、ククールは思い切って兄の背中を抱きしめた。
振りほどかれないことに安堵して、腕に力を込める。

「お前は随分と大きくなったんだな」

「アンタよりか小さいけどね」

「あぁ」

「でもアンタよりは世界を見てきたよ」

「あぁ」

「だから、とりあえず、観光旅行のガイドくらいは出来るぜ」

「そうか」

「・・・次はどこに行きたい?」

「どこでも構わない、お前が行きたいところへ」

「そーゆーのが一番困るんだけど・・・まいっか」

マルチェロはククールを黙らせるように、自分の腰に回る腕を強く握り締めた。
しばらく二人は一つの化石のようになって巨大な骨を見上げていたが、マルチェロがすっと手の力を緩めた。

「次はもっと過ごしやすいところにしろ」

そして目を拭った。

 

 

back