どうして、こんなに嬉しい





香りの良い木で作られた、湯気がもうもうと立ち込める浴室。
高い位置にある窓から入る太陽の光が水滴に反射して、なんとも美しい。
ククールは体中をぴかぴかに磨いてから、そっと湯船に体を沈めた。
あぁ、と自然に声が漏れる。

なんて気持ちがいいんだろう。

肩に絡みつく髪を後ろで適当にまとめて、顎まで湯につかる。
体のほとんどが水の中で息苦しいが、その状態でぼんやりと水平線を見つめる。
こうしてゆっくり風呂に入るなんて一体いつぶりだ?
マイエラではシャワーは浴びても風呂に浸かるなんてなかったし、旅の途中だってゆっくりと浸かるなんてことはなかった。

というより、ゆっくりと浸かっていられる状態であることが、今までの人生でなかった。
リラックスして、こんなにゆったりとした気持ちと体で風呂に入ることができなかった人生。

またつまらない人生だったもんだ。
ククールがふっと息を吐いて笑えば小さな気泡が水面で弾けて消えた。
おもしろいのでぼこぼこと空気を吐き出す。
流石に苦しくなって顔を上げると、タイミング良く戸の外から声がかかった。


「湯船で寝るなよ」


「寝ねーよ!」

水音がしないので不審に思ったらしい、疑いの深い声に、体中がじーんとした。
心が解放されて全てのネジが緩んでいるせいか、涙が出てきた。

「っ・・・」

涙が止まらずにひたすら溢れてくる。
声すらも押しとどめることが出来ずに、ククールは湯の中にざぶんと浸かった。
小さくしゃくりあげながら、暖かい湯に全身を預けてククールは泣いた。

 

 

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