地球最後の日
「今日が地球最後の日です、貴方は何をしますか?」 蝉の大合唱の合間を縫い、みぬきが歌うように囁いた。 このうだるような暑さの中でもみぬきと成歩堂の距離はゼロどころかマイナスだ。 成歩堂の胸に背中から全体重を預けて、見上げる笑顔は最後の夏の光を浴びて眩い。 「最後の日ねえ。今から?」 「そう、今から何をする?パパ。地球最後の日だよ。」 口調の割りにみぬきは冴えない表情だ。なんせ暑すぎる。古びたホームの終着駅には駅員すらいない。次の電車まであと一時間。 今日は八月三十一日。 「そうだなあ・・・。」 成歩堂は空を見上げた。薄い青がどこまでも続いている。 胸の中の少女の熱よりも外気の方が暑いせいで、すでに暑いという感覚が消え始めていた。 ただダクダクと汗が流れている。 何も言わないみぬきの背中も、汗でじっとりと濡れて余計に二人を密着させていた。 「パパ、なんていうか、上の空?」 「はっはっはっ、ごめんみぬき、暑くて何も考えられないよ。」 「だってここ日陰だし、どこにもコンビニ見えないし、だからここが一番涼しいから頑張ってパパ!」 「みぬきは前向きだなあ、じゃあちょっとパパ頑張ってみるよ。」 「頑張れパパ!今度みぬきが魔術でクーラー出してあげるから!」 出された所で外では使えないだろう。 いつもなら指摘する箇所に目を瞑り、「最後の日」とやらを想像してみる。 「最後の日って、みんな死んじゃうってこと?」 「うーん?地球が最後な日だから、やっぱりそうなんじゃないかな?」 「『次の日に死ぬことを知って何をするか』、か。」 こめかみを伝った汗が目に入りそうになり、みぬきの腰に回していた手を一旦離して拭う。 死んだ人の名前が浮かんだ。 綾里千尋、その縁の人々、事件で出会った死体達、美柳ちなみ、そしてつい先日死んだ或真敷ザック。
ならぼくもそうあるべきじゃないだろうか。
「みぬき、座ろう。あと水を飲んで、熱中症にならないように。」 みぬきの手を引いて柱に寄りかかって腰を下ろす。 みぬきはそのままストンと成歩堂の膝の間に収まって、喉を鳴らして水を飲み始めた。 「みぬき、パパはね、もし明日が地球の最後の日なら。」 「うん。」 みぬきはゆっくりと成歩堂に寄りかかった。二人共ぼんやりと前を見詰めている。 「寝過ごして偶然着いた駅で、熱中症になりかかりながら、夏休み最後の日をみぬきと過ごしたいな。」 「それでいいの?」 「それでいいの。」 みぬきが振り向いた。成歩堂は微笑む。 「それが今日のぼくに出来ることで、それ以上のことはないよ。」 「でもパパ、会いたい人とかまだやってないこととか、あるでしょ?」 「うん。そうだね、いっぱい会いたい人はいるし、やり残してることも沢山ある。」 親友と元助手の顔が浮かぶ。笑顔だった。 「でもそれはいいんだ。今日慌ててセコセコ会わなくても。会ったってすることないし、関係は何一つ変わらない。」 「それならみぬきとも会わなくていいんじゃないの?」 「まさか。今のぼくは、君を守る為にいるんだから。地球最後の日だからこそ、みぬきを守りきらなきゃいけないからね。」 成歩堂はもう自分が何を口にしているのかわからないほど頭がぼうっとしていた。 みぬきは重い瞼をこじ開け、成歩堂を見つめている。 「みぬきの隣を離れるなんて、考えられないよ。」 「・・・そっか。」 「うん、これでいい?」 「うん、ありがとパパ。」 みぬきはそのまま成歩堂の身体に腕を回して抱きしめる。 触れる所から熱さが煮えたぎるように二人を包み込んだ。 「地球は終わらないけど、夏休みは終わっちゃうなあ。」 しばらく鼻面をグイグイ押し付けていたみぬきが、ポツリと呟いた。 「そうだねえ。でも地球は終わらないから、大丈夫だよ、たぶん。」 「そうだねパパ、もし終わってもみぬきの大魔術でもう一個地球出しちゃうんだから!」 「はっはっはっ、みぬきのパンツは小宇宙だからね。」 「地球の一個や二個いくらでも出すよ!」 みぬきはいつもの決めポーズを作って成歩堂にウィンクをした。 「みぬきが居れば、それでもう地球は安泰か。すごいねみぬきは。」 「そしてパパが居ればみぬきも、あんたい?っていうの?安心だよパパ。」 「そうだね。」 「だからパパとみぬきは地球が終わる時までずっと一緒だよ。」 「・・・うん、そうだね。」 成歩堂は胸の中の少女を抱きしめ、空を見上げた。 空の端から入道雲が湧き上がり太陽に手を伸ばしていた。すぐに雨が来る。 そうしてあっという間に夏も終わるだろう。 成歩堂は目を閉じた。ただ腕の中が熱かった。 07/08/31 一個上のなる+みぬの絵から派生した話。 |