実りの秋
真っ昼間の電車は驚くほど人がいなかった。 ぷしゅー、とやる気のない音と共に扉がゆっくり開く。 「人、いないね」 「昼間ならこんなもんだろ」 秋の和らいだ光が燦々と降り注いで、電車の中は時が止まったかのようだった。 景吾くんはすいっと電車に乗り、手を振って私に先に座れと促した。
2、手すりから一人分空けた所に座る
ど、どうする私・・・!!? 一瞬の間に私の頭の中に様々な考えが浮んでは消え、電車のドアが閉まる音に押されるように、 緊張した動きで手すりのすぐ横に座った。 1でファイナルアンサー!! がちがちになって座ったまま自分のつま先を見つめていると、景吾くんが動くのが見える。 あぁ、すわっすわっ・・・・!!
景吾くんの滑らかな動きに合わせてふわりと香水の香りが鼻を掠めた。
嬉しすぎてどうしよう・・・、絶対顔赤い・・・!!
「っうん、長いね!」
「景吾くんは、普段電車に乗ったりするの?」 前を向いていた視線が、ちらりとこちらを向く。 「あんま乗らねぇな、普段の移動は車だし」 「合宿とかは新幹線乗るんじゃない?」 「飛行機とバスがほとんどで電車はねぇな」 「そうなんだ・・・!」 良かった会話続いてるよ〜!! 「、突然代マネ頼んで悪かったな、助かった」 「ううん、普段出来ないようなことが出来て楽しかったよ」 私が今景吾くんと並んで電車に乗っているのは、他校との練習試合へ向かっているから。 で、なぜそこに私がいるかと言うと。 試合の前に雑誌の取材が入っていて、そこの記者さんいわく 「マネージャーと写ってる写真を撮りたいから連れてきてほしい、できれば女の子を」 という指定が入ったので女の子のマネがいない氷帝テニス部は、比較的仲のいい女テニのマネを連れて行くことになった。
「これから学校に戻るんだろ」 「うん、先に降りるね。こっちはこっちで練習試合だから負けられないの」 勢いをつけて横を向くと、景吾くんはじっと私の顔を見ていて、思い切り目が合ってしまった。
「・・・」 景吾くんの手がすっと伸びて、私の頬にそっと触れた。 親指がそっと目の下をなぞる。
「・・・・っ!!!」 そりゃないでしょー・・・ 「寝ろ、着いたら起こしてやるから」 「ぅう、ありがとう」 私は恥ずかしさのあまり大人しく目を閉じた。
ゆっくり息を吐いて緊張していた体から力を抜く。
途中何度かうとうとして、ドアが閉じたり、人が動いたり、そんなおぼろげな気配を感じてはまた眠った。
がたんっ 大きな揺れと共に電車は停止した。 ん・・・・ ぼんやりと薄目を開くと、車内には相変わらず優しい光りが降り注いでいて、私は幸せな気持ちでまた横にもたれかかった。 ん・・・? あ、れ・・・・? 徐々に覚醒する意識と同じスピードで私の体は固まっていった。
てゆーかそうだよ!!! 私の耳が丁度景吾くんの肩に当たっていて、とくんと血の流れる音が聞こえている。 ・・・あったかーい・・・ じゃなくて! 急に体が強張ったことに景吾くんが気付かないはずがない。 私は出来るだけゆっくりと体を起こして、そっと隣を伺った。 「ごめん・・・・・」
景吾くんが寝てる・・・!! 試合前のキツイ朝練後の授業中だって寝たことのない景吾くんが、 手すりに体をもたれるように目を閉じてすぅすぅ眠っていた。 私は息を殺して、そっと携帯を構えた。 どうか、どうか起きないで。
起きないことにほっとして携帯を仕舞う。 あぁ、なんて充実感。 「つぎは・・・駅、つぎは・・・駅〜」 はい? 「うそぉっ」 電車に乗ってから一時間経っていた。 「け、景吾くん!起きて起きて!」 私は慌てて景吾くんの肩を揺らした。 眉が徐々に寄せられて、すっかり不機嫌な顔で青い瞳が開いた。 「・・なんだよ」 「駅!乗り過ごしちゃってる・・・!」 景吾くんは軽く目を見開いて、崩れていた姿勢を正した。 「次で降りて乗り換えなきゃ・・・」 「・・・」 「間に合うかなぁ・・って・・ぇ!?」 景吾くんの腕が伸びて、私の背中に回ったかと思ったら、ぎゅっと抱きしめられた。 私の頭はすっかり真っ白で、ただ目の前にある綺麗な顔を見つめることしかできない。 「、お前温かいな、柔らかいし」 「ぅん?」 「もう少しこうしてたい」 「ど、どうぞ・・・!」 嫌がってないってことだけは伝えたくて、なんとか言葉を絞り出す。 景吾くんは私の返事に笑いながらぎゅっと腕に力を込めた。 「あとキスもしていいか?」
06.11.27 夏季に捧げます |