排反
「抜本的に無理だよ」
西日に眼鏡を光らせてただ黙々とノートを取る乾に、あたしは叫んだ。
「机上の空論だよ」
机の正面に立って乾のつむじに叫ぶ。
「無理だってこと、乾もわかってるんでしょ」
乾は手を止めると、ふーっと息を吐き出した。
すっと上がった乾の顔が、思ったよりも近い位置にあってどきりとする。
「さん、そろそろ日も暮れるし帰ろうか」
そしてぱたんとノートを閉じ立ち上がると、さっさと帰り支度を始めてしまった。
「・・・冗談じゃない」
思ったことがそのまま口に出た。
「いい?乾がやってる確率だのパーセントだのってのは、まるっきり」
「ストップ!それ以上は言うな」
乾はぴたりとあたしを見据えて言った。
「言うよ無駄だって!乾がしてることは無駄だって!!いくらでも言うよ!!」
いつもは腹の立つ身長差も、この時ばかりはありがたく感じる。
上から見下ろされるのには慣れてるし。
今更後には引けない、下がれない。
この距離を頼みの綱にするしかない。
「確率のどこが頼れるっての?そんなの当日の調子とか天気とか運とかで全部変わっちゃうじゃん!!意味ないよ!!」
乾は無表情であたしを見下ろしている。
急に悲しくなった。
「意味ないよ・・・」
ついでに首も痛くなったので、顔を下げて乾の胸を見つめる。
下だけは向かない。
これは意地だ。
「さん」
「なに」
「無駄って言うのだけはやめてくれないかな」
乾はがたんを椅子を引いて座った。
視界に乾の顔を自然と入ってきたが、表情は変わらず無表情だ。
「さんにとって意味がなくとも、無理があっても、俺にとっては大事なんだ」
「・・・そう」
「だから無駄とは言わないでほしいし、実際無駄じゃない」
「・・・そう」
乾は三度目の溜め息を吐いた。
「その聞きたくない話を聞く時の癖、直した方がいいな」
「・・・そう」
四度目の溜め息。
「・・聞いてないわけじゃないから」
「わかってる、だけど理解しようとしてないだろ?ちゃんと聞けよ」
乾は初めて悲しそうな表情を作ってあたしを見上げた。
「それは無駄じゃないってことを証明したいからでしょ」
「違う、さんに聞いてほしいからだよ」
「無駄じゃないってことを?」
乾は息を大きく吸い込んだ。
あたしは心の中で五度目の溜め息を数えたが、それが吐き出されることはなかった。
「さんが好きだから」
「・・・そう」
「そう」
「・・・そう」
「そう」
「・・・へぇ、そうなんだ」
「そうなんだ」
乾は立ち上がると、右手にあたしの分の鞄も持って、左手であたしの腕を掴んだ。
「じゃあ帰ろうか」
「・・帰ろうか」
帰り道で、何故か私の手を握っている乾は上機嫌に言った。
「恋愛というカテゴリ内において、俺がさんを好きな事象と、さんが俺を嫌いになる事象は、お互い独立していて同時には起こらないんだよ」
「黙れ確率オタク」
そのままぱったりと喋らなくなった乾を真横に感じながら、その体温の暖かさを噛み締めて歩いた。
2004・6・19
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