いい子にはごほうびを

 

 

「長太郎!ジュース買ってきて〜」


「あ、辞書忘れちゃった。長太郎の貸して!」


「明日すっごい荷物が重くなりそうなの。長太郎、迎えにきてね」

 

「はい!さん!」

 


部活も終わる暗い時間、コート脇に一人の少女が立っていた。
長太郎はその真剣な視線が自分に注がれているかと思うと、嬉しいような恥ずかしいような、面映い気持ちになる。

さーん!」

集合していた部員達に監督が終わりの挨拶を済ますと、長太郎は急いで少女に向かって走った。

「長太郎」

目が合うと、 の顔は自然と笑顔になる。
まさに花が開いたみたいにきれいな笑顔に。

「一緒に帰ろ。急いで着替えて来てね!」

「はい!すぐ着替えてきます!」

長太郎はにっこり笑って言うと、軽やかに部室へと走っていった。

 


「相変わらず に使われてんだな鳳。可哀想に・・・」

「そうやなぁ、鳳もえらいわ。あそこまで尽くす男はそうおらんで」

2人の会話を少し離れたところで聞いていた忍足と向日は、付き合い始めて間もない2人をからかうような会話を繰り広げていた。

「どう見ても飼い主とその飼い犬だよな」

「女版跡部や」

「ほんとの女王様じゃん!ウケる〜!!」


「誰が女王様なんだ?あぁ?」


いきなり背後から掛けられた声に忍足と向日がびっくりしてふり返ると、そこには噂の跡部と樺地が立っていた。

「え、いやほら! がいつも鳳のことあごで使ってるから女王様みたいだな〜って!なっ侑士?」

「おぉ!そうやそうや。跡部もそう思うやろ?」

2人はわたわたしながら目の前で激しくオーラを放っている跡部に説明した。


が?」

跡部が軽く首を傾げたところで、向日が激しく首を振る。
その顔にはなんとか話題を変えてしまいたいという気持ちがにじみ出ていた。

跡部はいかにも人を馬鹿にしたような冷笑を作ると、やはり人を馬鹿にした口調で喋りだした。

「お前らの話をまとめると、 が飼い主で鳳が飼い犬ってことになるな」


――聞いとったんかぃ!


忍足は心の中で激しくツッコんだ。


「てめぇらの目は節穴か?よく見てりゃ一発でわかんだろ、その逆だ逆」


跡部は苦々しい口調で言い捨てると、さっさと部室に行ってしまった。

長太郎は入れ違いで出てきた跡部に気づいて笑顔で挨拶をしたが、跡部はそれを無視するように音を立ててドアを閉めた。

 


さん、明日は何時頃迎えに行けばいい?」

「朝練があるんでしょ?」

「明日は自主練だから何時でも大丈夫です!」

長太郎は両手に鞄を持ちながらにこにこ笑って の顔を覗き込んだ。
は足を止めると、両手を組んで考えるそぶりをした。

そして長太郎を見上げて、少し恥ずかしそうに微笑む。

「それじゃ、7時にウチの前で」

「わかりました!」


長太郎はそう言うと、さっと の頬に口付けた。

そして が逃げられないように、荷物を置いた両手で腰をしっかり掴むと、頬から唇へとついばむようにキスを浴びせかける。

「・・・ん」

すっかり の体の力が抜けてしまった頃になって、長太郎はようやく唇を離した。
そして名残惜しげにもう一度軽くキスをする。

「ごちそうさまでした」

優しく笑いながら の耳に囁くと、 は顔を真っ赤にしながらも小さく頷いた。

その表情に、ほんとはもっとずっと抱きしめていたいんだけどな、なんて思いながら長太郎は鞄を拾い上げて の腕を取った。


「・・ずるい」

「え?」

「いいつけ1個でキス1回でしょ?いま2回したじゃない」

「そうでしたっけ?」

長太郎はわざととぼけたような表情を作って頭をかいた。

「もうっ・・・」

は顔を赤くしたままで長太郎を睨みつけるが、逆に長太郎の笑みは深まるばかり。


「早く帰ろ!」

はくるりと方向転換をすると、長太郎を置いてさっさと歩き出した。
だがリーチの長さに差がありすぎるので、急いで歩いても距離はまったく広がらない。

長太郎は前にいる に2歩で追いついてしまうと、とどめとばかりに耳元に囁いた。


「なんでもいいつけてくださいね。 さんにもっとキスしたいんです」


横顔だけでも顔が赤くなったのがわかる。
長太郎は愉快な気持ちでいっぱいになった。

――1つ年上のこの人をからかうのが楽しくてしょうがないみたいだ


と、 は突然足を止めて後ろをふり返った。
長太郎はにやついた顔を急いで引き締めると、 の顔を伺った。

何か決心したことでもあるのか、きっと長太郎を睨みつける。

「いつでもどうぞ」

「え?」


「だから!・・キスしたい時はいつでもしてってこと!これもいいつけ!!」


そう言うと、 はめいっぱい背伸びをして長太郎の肩を掴んで、むりやりキスをした。


かちんっ


「いっつ」

「いっ・・・」

歯がぶつかった感覚に恥ずかしさがこみ上げてきた とは逆に、長太郎は何も考えられなくなってしまった。


――やばい!


長太郎は慌てて を引き剥がすと、しゃがんで顔を覆った。
自分の顔がものすごく熱い。

そうとう赤い顔になってるだろう。


「どしたの長太郎?」

心配そうな声と同時に背中に暖かい手のひらを感じる。

「・・ さん」

「ん?」

「さっきのいいつけ守った時のごほうびはなんですか?」

「え!?えーっとね・・・」

顔を伏せたままでも慌てた の顔を容易に想像できる。
長太郎は数回深呼吸をして心を決めると、さっと立ち上がった。

はびっくりした顔で長太郎を見上げている。


「俺、ずっといい子でいます。それに さんのためならなんでもします」

「・・・長太郎」

 

「だから、ごほうびは さんがいいです」

 

は顔を真っ赤にして俯くと、そっと長太郎のシャツの端を握った。


「・・いいよ。ずぅっといい子でそばに居てくれるなら」

長太郎は心の中でガッツポーズを作ると、そっと のつむじに口付けた。

「じゃあ、まずは って呼んでもいいですか?」

「うん」

はえへへ、と笑うと幸せそうな顔で長太郎に抱きついた。


「いい子の長太郎にはなんでもあげちゃう」


長太郎は自分の体に飛び込んできた幸せを逃さないようにしっかり抱きとめると、いいつけにしたがってキスをするために、ゆっくりと背中を丸めた。

 

 

 

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