『たったの5分』の出来事

 

 

「遅い!俺様を待たせるとはいい度胸だな、あぁ?」

「ご、ごめん!電車が遅れちゃって・・・!」

私が急いで改札をくぐると、そこには不機嫌なオーラを全身に漂わせて跡部が立っていた。
目が合った瞬間に怒鳴られたので、慌てて謝る。


これはかーなり不機嫌モードかも?


「行くぞ」

「うん!」

私は逆鱗に触れないよう、にこにこしながら素直な返事をしてみた。

しかし跡部は、ちらりと私を見るだけで何も言わずに歩き出した。

 


もうすっかり日の落ちきって、夜の気配の濃厚な、冬の夕方。
近道をするために近隣に住む人でなければ知らないような細い道を歩く。

こんな時間一人なら絶対歩かないんだけど、今は前に見える背中があるから安心して歩く。

跡部の肩から細く後ろに流れる白い息が美しくて、それだけでどきどきしている自分を笑おうとして、余計に頭は空回りする。

「ったく5分も遅れやがって」

「だってしょうがないじゃん」

言ってからはっとしたが、まぁもういいか。
黙ってるのは私の精神衛生的に良くないよ、うん。

「電車が遅れたんだから。私のせいじゃないもーん」

「それにしたって時間すれすれだぜ」

「だからごめんって!」


結構本気で怒っているようなので、私は反省するよりもなんだかしょんぼりしてしまった。

せっかく二人きりでいれると思ったのに。


跡部は怒ってる。


私の気持ちも知らないで、怒って前を歩いてる。

いつもならちょっと注意して終わるようなことで、ぐちぐち文句を言ってる。
これってすっごくめずらしいけど、よりによって今じゃなくてもいいじゃん。


跡部の背中を睨みつけて、思わず溜め息が出た。

「俺の美しさに思わず出た溜め息だろうな?」

「まぁほーんと美しいのね跡部ってば、あ〜ぁ・・・、あ〜ぁ・・っい!」

跡部が急に止まったので、跡部の背中に鼻からつっこんでしまった。
重心が完全に鼻に集中して痛い!

私は慌てて跡部の腕を掴んで重心を足に戻した。


「いったいなぁもぉ!急に止まらないでよ!」

「何逆ギレしてんだよ

跡部はふり返らずに前を向いたままだ。

「・・跡部こそ、なんでさっきからそんなに怒ってんのよ」

腕を握る手に自然と力がこもる。
柔らかいカシミアの感触がじんわりと暖かい。

後頭部をおもいっきり睨みつける。

「お前が遅刻してきたからだろうが」

「5分くらいで!なんでそんなに怒ってんの?」

絶対におかしい。

いつもなら絶対こんなにしつこく怒らない。
忍足とかが仲裁に入ってくれて、宍戸が跡部の注意を反らして。
笑って流してくれるのに。

「5分、たかが5分ってことか?」

「たったの5分じゃん!そりゃ寒い中待たせて悪かったけど・・・!」

「お前には『たったの5分』でも俺様には貴重な5分だったんだよ」

ふと気づくと、跡部は怒っているというよりもむしろ、静かに諭すように喋っていた。


「1時間の中の5分、これは『たったの5分』か?」


「え?うん」

1時間まるまる空いてるとしたら、その中の5分なんてそんなに大した時間でもない。

「じゃあ30分中の5分、10分中の5分、5分中の5分、これはどうだ?」

「えぇ!?そ、それはちょっと違くない?最後なんて全部じゃん!」

「『たったの5分』か?」

跡部は質問を繰り返した。
この質問の意図がわからない。

でもこれは、真剣に答えなきゃならない気がする。

「違う」

跡部はふーっと息を吐いた。
白い息がふわりと舞って消えるのをじっと見つめる。


「じゃあ、人生の中で俺との待ち合わせに遅れた時間5分、これは『たったの5分』か?」


「・・違うと思う」

私はようやく跡部が怒っている理由がわかった。
鼻がつーんとして、潮の匂いで満ちている。

跡部の背中に、抱きつきたくてたまらない。


力いっぱい抱きしめたい。


ぎゅっと手に力を込めてその衝動をやり過ごす。

「ごめん跡部」

跡部も、私と居られる時間を楽しみにしていてくれたんだ。


「・・・手、離せ」

「うん」

あまりに嬉しくてちょっと力を込めすぎたかも。

そっと手を離したら、あっという間に跡部に抱きしめられた。
ふわりと暖かい感触が私を覆う。

私はもう遠慮なんて一切せずに、ぎゅうっと跡部の体を抱きしめた。


なんて素敵な手ごたえ!!


跡部も何も言わずに私の体をぎゅうっと抱きしめている。
二人して狭い道を乗っ取るように、ぎゅうぎゅう抱きしめあってる。

「ふふっ」

「・・なんだよ?」

「ううん、ありがと跡部、大好き」


もう抑えられない大好きで大好きで大好きな気持ちは自然と溢れ出て、聞こえなくても見えなくても、前からそこに存在してたよね。


跡部は更に腕に力を込めると、私の髪を優しく梳いて、そっとつむじにキスをした。

「この『たったの5分』でお前は俺を手に入れたんだぜ」

「そうだよ、『たったの5分』であの跡部様をね!」

「一瞬たりとも無駄にしていい時間なんて、俺にはない」

跡部は頭から背中へと移動した手で、あやすように私を撫でつづける。


「忘れないで、この5分。おじいちゃんになってもずっとずっと忘れないでいて」


跡部がふっと笑った。

私は思わず顔を上げると、目の前に跡部の顔があった。
おでこをこつんとぶつけられて、びくっと目を瞑る。

「なら、お前が毎日でも話してくれよ、ずっと俺のそばで」


返事は熱い唇と唇の間で雪のように溶けて、お互いの体に染みわたっていった。

 

 

 


back03/12/11

土岐時雨さま(&ベルツリィ)に捧げます(笑)
恋人未満友達以上、最初だけですまん
思ったより糖度低めに・・・