『たったの5分』の出来事
「遅い!俺様を待たせるとはいい度胸だな、あぁ?」 「ご、ごめん!電車が遅れちゃって・・・!」 私が急いで改札をくぐると、そこには不機嫌なオーラを全身に漂わせて跡部が立っていた。
「うん!」 私は逆鱗に触れないよう、にこにこしながら素直な返事をしてみた。 しかし跡部は、ちらりと私を見るだけで何も言わずに歩き出した。
こんな時間一人なら絶対歩かないんだけど、今は前に見える背中があるから安心して歩く。 跡部の肩から細く後ろに流れる白い息が美しくて、それだけでどきどきしている自分を笑おうとして、余計に頭は空回りする。 「ったく5分も遅れやがって」 「だってしょうがないじゃん」 言ってからはっとしたが、まぁもういいか。 「電車が遅れたんだから。私のせいじゃないもーん」 「それにしたって時間すれすれだぜ」 「だからごめんって!」
せっかく二人きりでいれると思ったのに。
いつもならちょっと注意して終わるようなことで、ぐちぐち文句を言ってる。
「俺の美しさに思わず出た溜め息だろうな?」 「まぁほーんと美しいのね跡部ってば、あ〜ぁ・・・、あ〜ぁ・・っい!」 跡部が急に止まったので、跡部の背中に鼻からつっこんでしまった。 私は慌てて跡部の腕を掴んで重心を足に戻した。
「何逆ギレしてんだよ」 跡部はふり返らずに前を向いたままだ。 「・・跡部こそ、なんでさっきからそんなに怒ってんのよ」 腕を握る手に自然と力がこもる。 後頭部をおもいっきり睨みつける。 「お前が遅刻してきたからだろうが」 「5分くらいで!なんでそんなに怒ってんの?」 絶対におかしい。 いつもなら絶対こんなにしつこく怒らない。 「5分、たかが5分ってことか?」 「たったの5分じゃん!そりゃ寒い中待たせて悪かったけど・・・!」 「お前には『たったの5分』でも俺様には貴重な5分だったんだよ」 ふと気づくと、跡部は怒っているというよりもむしろ、静かに諭すように喋っていた。
1時間まるまる空いてるとしたら、その中の5分なんてそんなに大した時間でもない。 「じゃあ30分中の5分、10分中の5分、5分中の5分、これはどうだ?」 「えぇ!?そ、それはちょっと違くない?最後なんて全部じゃん!」 「『たったの5分』か?」 跡部は質問を繰り返した。 でもこれは、真剣に答えなきゃならない気がする。 「違う」 跡部はふーっと息を吐いた。
私はようやく跡部が怒っている理由がわかった。 跡部の背中に、抱きつきたくてたまらない。
「ごめん跡部」 跡部も、私と居られる時間を楽しみにしていてくれたんだ。
「うん」 あまりに嬉しくてちょっと力を込めすぎたかも。 そっと手を離したら、あっという間に跡部に抱きしめられた。 私はもう遠慮なんて一切せずに、ぎゅうっと跡部の体を抱きしめた。
「ふふっ」 「・・なんだよ?」 「ううん、ありがと跡部、大好き」
「この『たったの5分』でお前は俺を手に入れたんだぜ」 「そうだよ、『たったの5分』であの跡部様をね!」 「一瞬たりとも無駄にしていい時間なんて、俺にはない」 跡部は頭から背中へと移動した手で、あやすように私を撫でつづける。
私は思わず顔を上げると、目の前に跡部の顔があった。 「なら、お前が毎日でも話してくれよ、ずっと俺のそばで」
back03/12/11 土岐時雨さま(&ベルツリィ)に捧げます(笑) |