紳士流
冬は日の落ちるのが早い。 部活がいつもより遅く終わり、辺りはすっかり暗くなっていた。 暗くて寒い廊下を走って煌々と光の洩れる教室にたどり着く。 がらっ 「侑士ごめん!遅れた!急いで着替えるね!!」 窓際の席で雑誌を読んでいた髪の長めな少年がふり返る。 一瞬きらりと眼鏡を光らせて、にっこり笑うと雑誌をぱたりと閉じた。 暗い外と比べて、白熱光に照らされた教室は変に白々しい。 「そんな待ってへんで、ってここで着替えんのかいな?」 「うん、更衣室この時間混むからさ〜」 「じゃあいつもここで着替えてたんか!・・よっしゃ、これからはいつも早く来よ」 「はいはい」 侑士がガッツポーズを取るのを見て、温かい微笑みが洩れる。 侑士と付き合い始めてはや1ヶ月。 もともと友達として仲が良かったので、いまだに恋人としての実感はあまりない。 傍にいる時間がちょっとだけ増えたかな、とは思うけど。 あ、手を繋いだりもするか。 (これが結構恥ずかしくて、当初は無駄な抵抗ばかりしていた) 今はやっと恋人らしくなってきたというところで、まだまだ仲が進展しそうにはない。 だって侑士はすっごい部活忙しいし。 私も一応バレー部のエースとして忙しいので時間がない。 だから少ない時間を一緒にいようと、毎日教室で待ち合わせをして帰るのが習慣になっていた。 それにしても、どうして急ごうと思う程うまくいかないのかね? 侑士が先に来ているなんて初めてなので、私は焦ってしまった。 教室の後ろにある腰ぐらいまでの高さのロッカーの上にごちゃごちゃと物を置いて、ジャージの上からスカートを履いて、ズボンを下ろす。 上着を脱ごうとして、はっと侑士がこっちを見ていることに気が付いた。 なんで普通にこっち見てんの!? 「ちょっとあっち向いてて!」 黒板を指して言ったら、侑士は残念そうに肩を竦めて前を向いた。 「なんやそこまで見せといて終わりかいな?ちゃんのケチ〜」 「可愛く言ったって駄目!紳士らしくしててください!」 まったく、油断も隙もない・・・! 私は侑士の方を監視しながら上着を脱ぎ、さっとシャツを羽織ってボタンを全て留めた。 そしてごちゃごちゃしたジャージの山の中からセーターを取り出して着る。 「もういいよ〜」 私は服を畳んで鞄に詰めながら言った。 「着替え終了やな・・・、んじゃ帰りますか」 「あ、待って。まだ靴下替えてない」 侑士が立ち上がろうとするのを制すと、ロッカーに手を置いて汗でどろどろの靴下をさっさと脱いだ。 汗が一瞬にして冷えて、ひんやりとした感覚が足全体に広がる。 寒いから早く靴下を履こうとロッカーの上に手を伸ばした、が。 「あれ?替えの靴下がない?」 すっかり綺麗になったロッカーの上には何もなかった。 鞄とロッカーの中にも入っていない。 素足に上履きを突っかけて自分の周りを見回してみたが、何も落ちていなかった。 「どっか落としたんかな?」 侑士も立ち上がって教室をきょろきょろと見渡しながら言った。 この時期の素足というのは、すっごい寒い。 スカートを短めにしているせいもあって風を直で感じてしまう。 上履きだって、ひんやりしていて気持ちのいい物ではないし。 「寒い〜!でも鞄の中に入れておいた・・・、あっ、私の机の中になんか入ってない?」 「おっ、こりゃあ靴下やな」 侑士は自分が座っていた私の机を覗き込むと、中から白い靴下を取り出した。 「机の中に入ってたんだ、良かった!」 灯台下暗しもいいところだね、なんて笑いながら机の横まで行くと、 侑士は靴下を握ったまま目線を床に沈黙していた。 「どしたの?」 私が顔を覗き込むと、にっこり笑って侑士が言った。 「紳士らしく、お嬢様に靴下を履かせて差し上げましょう」 ・・・標準語!! 「侑士の標準語初めて聞いた!喋れるんだねー!!」 すっごい珍しいものを聞いた気がして私は興奮してしまった。 頑なに関西弁しか喋らなかった侑士がついに標準語を!! 「オレは喋ろう思たら名古屋弁やっていけるで」 侑士はイタズラが成功して嬉しそうに笑うと、私の肩に手を置いて、私の体を180度回転させた。 そして今度は腰に手を置くと、すとんと私を抱えたまま椅子に座った。 「・・・・エヘ」 侑士は体をくっつけるスキンシップが大好きだ。 私だって嫌いじゃないけれど、なんだか照れてしまう。 照れ笑いをしながら侑士の胸に体重を預け、ついでにウエストに回る手に自分の手を重ねる。 足が冷たい分、侑士の体はすっごい暖かくて、疲れた体の端々がその温もりで癒されるようだった。 「さてお嬢様、足を上げていただけますかな?」 「え?なんでー?」 背中の温もりを感じることに全神経を集中させていたため、 すっかり頭の中から靴下のことが飛んでいっていた。 「あ、そっか靴下か!じゃあお願いしようかなー」 きっとその時の私は、頭のネジが2、3本緩むどころか無くなっていたに違いない。 普段通りに頭が働いていれば絶対にこんなこと許可しなかったはず! この時のことは何度も思い出して、恥ずかしくて死にそうになるよ・・・。 侑士が薄く笑うのがわかった。 私は特に何も考えず、いつも一人で靴下を履く時のように、片方のかかとを椅子の上に引っ掛けた。 その時、やっと事態の深刻さの破片を見た気がしてはっとしたが、もう遅かった。 侑士は両手で私の右足首を捕まえると、指の先に靴下を通しはじめた。 きっと、私の体が一瞬にして固まったのなんて丸分りだったと思う。 何しろわざわざ私の足、皮膚を、ゆったりと撫でるように擦るように靴下を上げていったのだから。 全身に鳥肌が立った。 なのに顔が熱い。 上げた足の隙間から風が入ってくるせいだ。 侑士は今どんな顔をしてるんだろ。 見たいような見たくないような、その前に、恥ずかしくて見れない。 侑士からは見えないけれど、今の私の状態と言ったらかなり恥ずかしい。 すっぽり体を侑士に抱きかかえられている、そこまではいいとしても。 パンツ丸見えじゃん!! 侑士からは見えてないのは分る、分るけど、でも違う角度から見たら見えているという事実は、 侑士が私の膝を撫でているちょっとした時間の間にもどんどん私を支配していった。 「侑士、もういいよ自分で履く・・」 私のなるべく感情を込めないようにした発言に対して、 侑士はまるで聞こえていないかのようにこう言った。 「もう方足も」 しかも、耳に息を吹きかけるような囁き声で。 「っ・・・!!」 「・・・ちゃ〜ん・・?」 ぞわぞわする気配を抑えようと侑士のセーターの裾を思い切り握った。 侑士はそんな私をどう思ったのか、今度は膝の下に手を入れると、 もう片方の手で残りの足を持ち上げて椅子に乗せた。 「ちょっと侑士、ストップ!椅子から落ちそう!」 ただでさえ二人でぎゅうぎゅうになって座っているのに、更に私が体育座りをしようものなら、どっちかが落ちてしまうに決まってる。 「大丈夫やって、オレに任しとき」 侑士は今度こそ完全に私をすっぽりと抱きこむと、満足気な溜め息を洩らした。 「は柔らかいなぁ」 その声はすごく遠くからぼやけて聞こえていた。 足、足・・・!! 侑士がさりげなく触っているふくらはぎに、私の意識の全てが行ってしまったようだ。 さりげない癖に、指の先にだけ力を込めて、足の筋肉の場所を確かめるようにすべる侑士の指から目が離せない。 「・・・うっ・・」 侑士が少しだけ強く私の足首を握った。 その瞬間、身体がびりっとして、思わず声が洩れた。 さっきから声が出そうなのを一生懸命押さえていたので、小さく低い声が洩れただけだったけど、 それでも侑士には聞こえたに違いない。 それなのに、侑士は何も言わない。 ただ私の身体をすっぽり包んで足を撫で回している。 「ゆ、侑士、もう帰らないと夕飯食べはぐれちゃうよ・・?」 私の中からは不思議とさっきまでの強気は消えていて、おずおずとした感じになってしまった。 「・・・なぁ」 「なに?」 低い声が耳に響く。 侑士の手はやっと動きを止めてくれた。 「オレはな、男やねん」 「そんなこと知ってるよ!」 いきなり何を言い出すのかと思ったら。 おかしくて、ちょっとだけ笑えた。 「だったらな」 ここで侑士はぎゅっと腕に力を込めた。 背中にあたる侑士の胸がどくんと脈打つ。 「好きな子を抱きたいと思うのは自然やろ?」 びきしっ っていう音がした、私の中で。 ついでに身体も固まったと思う。 「あのさ、侑士。・・息荒いよ・・・?」 「オレこのままでもイケそうやもん、当たり前」 当たり前って・・・!!! 「好きやで」 侑士はそう囁くと、許可した覚えもないのにシャツの中に手を滑り込ませてきた。 首筋にあたる唇がくすぐったい。 「ねぇ、・・・こ、ここでするの?」 「部室に連れてこ思ってたんやけど、オレが持ちそうもない・・・・」 つまり計画的犯行ってこと・・・? でも、少しづつ肌蹴て触れ合う地肌に、蕩けるような心持ち。 これ以上の抵抗は無理みたい。 「侑士、大好き」 侑士はにっこり笑って、今までにないほど優しいキスをくれた。
04・4・29 土岐時雨さんとやっていたサイトの3万ヒット記念に相互リク。 |