雨降って

 

 

駄目だ。限界。


私はついに俯いてしまった。
これが跡部なら虚勢を張り続けられただろーに。
宍戸ってば、一見チャラチャラしてるくせに、空気がいい人すぎる。

「あの子達が・・・いきなり、蹴ってきたからカッとなって・・・・」

あー、あんでこんな言い訳みたいな事してんだろ私。
情けないなー。

じわりじわりと視界が歪んで、するりと冷たい感触が頬を伝ってぽたりと落下した。

「蹴られた?・・今押さえてる腕か?」

宍戸は声を固くして言うと、私の左腕を取ってシャツをまくる。
私は俯いたままでなすがままだ。


その間にも、どんどん水滴は落ちて、足元の水溜りは大きくなっていく。


宍戸の上履き汚いな〜、穴開いてるよ。名前も掠れちゃってるし。
これは3年間これで通してるな。

そんなくだらないことばかりが頭を掠める。

「おっまえ・・!なんで先に言わねぇんだ!青くなってんじゃ・・・」

青くなってるとは。
どうりでさっきからずきずきしてるわけだ

宍戸は怒鳴りながら、はっとしたように口をつぐんだ。

「いや、悪い

「・・ぃいーよ、先に言わなかったの私だし」

私はずずっと鼻をすすり上げると、眼鏡を外し顔を拭いながら小さく答えた。

「・・・・・」

数秒宍戸は黙り込んだ。
顔を見れないから何を考えているのかさっぱりわからない。
それに、あんまり気にならなかった。

上を向いたら泣き顔を見られてしまう。

私はなんとか涙を止めようと頑張って唇を噛み締めていた。
泣いてしまったら、あんな奴らに負けたことになりそうで。

「ちょっと待ってろ」

宍戸は素早くセーターを脱いで私の頭に被せた。
急に視界が真っ暗になって、涙の匂いでいっぱいになる。

優しい、宍戸は優しいなぁ。

優しくされると余計泣きたくなるのはなんでだろ。


うぐうぐと涙を堪える私の耳に、宍戸の低い声が聞こえる。
宍戸ってばいい声。

すると女の子達の小さな声が聞こえた後、ばんっとドアが閉まる音。
そして知らない男子と宍戸の声。
今度は静かにドアが閉まった。


宍戸、まさか行っちゃったのか?

私は顔を上げることもできずに、その考えに固まってしまった。

嫌だ。
今くらいもちょっと傍にいてよ。


「し、宍戸、・・・ぅ・・・・」


バスッと私の頭に何かが乗った。

「あいつらもう追い払ったから、安心しろ」

「・・・・・げっ」

「なんだお前その声は・・・」

「だ、だって」


もういないかと思ってたのに・・・。


私は顔が熱くなるのを感じた。

「蹴られたのはこっちだけか?」

ひんやりした手が左腕に触れた。

「ぅうん。右も」

小さな舌打ち共に、右腕のシャツもまくられる。

「こっちは左ほどじゃねぇな、ちょっと赤いだけだ」

「・・そっか」

「で、他になんかされたか?」

宍戸はするりと腕を撫でると、冷やすためにこのままにしとくぜ、とシャツをしっかりとまくりあげた。

「弁当・・・」

セーターを目の上まで引っ張ってから、私は無残にひっくり返っているお弁当箱を指差した。
可哀想な玉子焼きは、弁当箱の下からぐちゃりとはみ出ている。

「・・今日は玉子焼きをね、特別おっきく作ってきたんだよね。宍戸は知らないだろうけど、玉子焼きをおっきくきれいに焼くのにはね、ものすごく時間と手間がかかるんだぞ」

「あぁ」

「でね、砂糖とみりんもたっぷり入れて、絶妙な甘さになって、最近に作った中じゃ一番の出来だった」

「向日あたりが大喜びしそうだな」

「うん、きっと向日が喜ぶだろうと思って・・・」


やばい、喋ってたら涙出てきた。

私は慌てて両手でセーターを顔の下まで引っ張り下げる。
宍戸の手が、私の頭を優しく撫でた。


「おれも食いたかった」


ぼろっと大きな涙がこぼれて、私はついに顔を上げた。

「ぜっっったいにまた作ってあげるかんね・・・!」

その勢いでセーターごと宍戸の手がずり落ちる。

久しぶりに見た気がする宍戸の顔は、すっごいびっくりした表情をしていた。

「っと・・・!」

宍戸は急にはっとすると、私の頭から落ちていくセーターを止めようと後ろに手を回した。
それはちょうど私の背中で止まり、その勢いのまま私の背中を押す形になった。

「おわっ」

足に力が入っていなかった私は、とんっと前によろめいて宍戸につっこんでしまった。
急いで離れようとしたら、宍戸は手の力を強めて私を引き寄せた。

「まったく」

そして、背中を優しく撫でてくれた。
私は自然と笑みがこぼれ、赤い顔を俯けたまま呟くように心からの気持ちを込めて言った。

「ありがと宍戸」

「おぉ、・・お前も女だったんだな」

「一言多いよ」

宍戸はハハッと笑うと、くるりと向きを変えてぽんと私の背を押した。


「んじゃ行くぞ、セーターは貸してやるからそのまま被ってろ」

「え〜、変じゃんこんな風に被ってたら?」

私はこれ幸いと、顔をしっかりセーターで覆った状態で顔を上げた。
これでもう大丈夫だってところを少しでも見せなくては、という気持ちでいっぱいだったから。

「人が貸してやってんのに文句言う気か」

「はいはい悪いねー、可愛くなくて」

「さっきまでは結構可愛かったぜ」


ぶっ!!

私は心の中で思いっきり噴き出してしまった。
待て待て待て待て。
宍戸こんなこと言う人だったか!?

「お前顔赤いだろ」

宍戸はにやりと笑って私の腕を取った。


「さて、じゃあ行くぞ」

どこへ、と私が疑問に思う前に宍戸は私を抱え上げた。

「ぎゃあっ!!」

「こっちのが速いからな、顔隠してるから問題ねぇだろ」


ま、またしてもお姫様だっこ・・・!!?
素面だとすっごい恥ずかしいんですけど!!


こうして、ロンゲの王子様(結構普通?)はひどい泣き顔のお姫様を颯爽と連れ去っていったのでした。

腕の手当てとか弁当とか、気にしたいことはたくさんあったけど、考えるのに疲れた私は宍戸のなすがままになることにした。
あぁ、どうなることやら・・。

 

 

 

back