運命は突然に

 

 

無理。
もう本当に無理なのよ。

私は軽い人ごみの中を歩いていた。
微妙に右足を引きずりながらも早足で。

なるべく普通に歩こうとしてはいるのだが、かなりおかしなテンポで歩いているのが自分でもよくわかる。


原因は、右足の靴ずれ。


今日は会社で大切な会議があったので気合を入れてあまり履いたことのないパンプスを履いていった。
そして会議が成功したことに気をよくした私は、調子に乗って、いつもなら電車で帰る道のりを歩いて帰ることにしたのだった。

「ばか、自分のばか・・・」

とほほ、と自分を嘆いていても足が痛いことには変わりはない。
さっきそっと脱いでみたら、直径3センチほどのたこの皮がめくれてピンク色の肉が見えていた。

こりゃあ痛くて当たり前だわよ・・・・。

無理して歩いたのがたたったせいか、現在地は駅と駅の中間あたり。

もっと先に諦めていればこんなことにはならなかったのに。


「うぅ・・・・」

なんだか泣けてきた。

会議が終わって緊張が解けたのと、足が痛いのと、その他もろもろの物がどっと私に負ぶさってきたみたいだ。

痛む足を引きずりながら、なんとか道を行く。
休めるような店がないことは、地元民の私はよくわかっている。
タクシーも通る道じゃない。

絶望的な状況ってやつね。


誰かこんな私に気づいてよ。

明らかに足を引きずってるか弱い女の子がここにいるのよ?


私は必死の形相で歩きながら、すれ違う通行人通行人を睨み殺すぐらいの目で見ていた。

何よ、ちょっと手を貸すぐらいしてくれたっていいじゃないの!!

私が本当に泣きそうになったとき、いきなり彼は現れた。



「オネェサン、ドナイシタン?」


「・・・・ぇ」

俯き加減で歩いていた私は、自分の目の前で止まった足を見てびっくりしながら顔を上げた。
そこには食い倒れ人形みたいな丸眼鏡をかけた、怪しげな男が立っていた。

「足引きずってるやないの、怪我でもしたんか?」

しかも関西弁で怪しさ倍増。
一瞬キャッチかとも思ったけど、ジーンズにシャツでスーツも着てないし、ホストではないみたい。

弱ってる人を見過ごせない心優しい人なのかも。


「靴ずれがひどくて・・」

「あぁ、そりゃあかんわ。家はここら?」

「はい、あと1駅先なんですけど」

その関西弁を喋る男はふむ、と言いながら何か考えると、手をぽんと打ってこう言った。

「ならオレが家までおんぶしてったろか?」

「・・・・・」

「冗談や冗談!!本気にせんといて!」

男は慌てて手を振ると、にっこり笑った。

「怪しいもんやないから安心しぃや。タクシー呼ぶのが一番やと思うけど、どや?」


笑うとずいぶん若く見えるわね、実際若いのかしら。
少なくとも私よりは年下だろうけど。

私は全然関係ないことを思いつつも、にっこり笑って返した。

「申し訳ないですけど、お願いできますか?」

「オレに任しとき!」

男は嬉しそうに笑ってポケットから携帯を取り出した。
すぐに繋がった電話の先は、どうやらタクシー会社のようだ。
現在地を告げて電話は切られた。


そうよ、タクシーを呼ぶという手があったのよ・・・。

そんな簡単なこともすっかり失念していた自分に呆れつつも、この人に深く感謝した。
東京にこんな親切な人が残っているのかと思うと、まだまだ東京も捨てたもんじゃないわね。

と言っても関西出身みたいだけど。

「本当にありがとうございます」

私は心からの気持ちを込めて挨拶をした。

「困ってる女の人を助けるのは当たり前や。ちなみにお名前は?」

です、あなたは?」

さん、いい名前やね。オレは忍足侑士。よろしく〜」

忍足侑士がにこにこ笑って手を出したので、私もちょっと躊躇しつつもその手を握った。


その瞬間、なんというか不思議な感覚がした。
触れている手から何かが伝わってきて、それが身体中を駆け回ったような。

そっと前に目線をやると、不思議そうな顔をして私を見ている忍足くんと目が合った。

「なんやろ今の。身体がびりびりしおったわ」

忍足くんは首を傾げながら私を伺った。

「えぇ、何か変な感じ。静電気かしら」

じっと握手している手を見てみる。
でも静電気とは違う感じだったし、なんだったのかしら・・・。


相手の手の暖かさが完全に私に移ってきている。

「あの、手、離してもらえます?」

「これは失礼しました」

忍足くんはおどけてからぱっと手を離した。

「タクシーが来るまでオレも待つで、まぁすぐ来るやろうけど」

「・・ありがとう」

忍足くんはそう言うと真面目な顔で黙ってしまった。

私はその横に立ってタクシーを待つことにした。

そっと横を伺う。
私よりちょっと高い身長に、長めの髪。
すっごいスタイルがいいみたい。うらやましい足の長さね!

3分ほど経っただろうか、遠くにタクシーの影が見えて私がほっと安堵のため息を吐いたとき、忍足くんが急に声を発した。


さん、オレと付き合ってくれへん?」


「はい?」

びっくりして忍足くんの方を見ると、彼はしごく真面目な顔をしていた。

「それはつまり、・・彼女になってくれってことかしら?」

忍足くんはこっくりと頷いた。

いきなり会った人にこんなこと言う?
やっぱりナンパ目的だったの?
でもその割には口説く気が全くなかったし、タイミング悪すぎるわ。

私が返事に困っていると、忍足くんの方が私よりも困った顔をしていることに気が付いた。


「・・・どうしていきなり?」

「いきなりなのはわかってるんやけど・・・、 さんは運命って信じとる?」

「運命?あんまり考えたことないわ」

「オレな、これはきっと運命の出会いやと思うねん!だからここでさよならだけはしたくないんよ」

タクシーが私達の横で止まった。
私と目のあった運転手が後部座席のドアを開く。


どうしよう。

どうしよう。

実は私も同じようなこと考えてたんだけど。


私はもう一度忍足くんの目を見つめてみる。
じっと私の返事を待っている彼を、信じてみてもいい気がした。

「タクシー乗らない?」

忍足くんの顔がぱっと笑顔に変わった。

「もちろん乗りまっせ!!」

私はにっこり笑ってタクシーに乗り込んだ。
忍足くんも私に続いて乗り込む。

目的地を告げるとタクシーは音をたてて動き出した。

「これからよろしく、 さん」

「こちらこそよろしくね、忍足くん」

もう一度握った忍足くんの手からは、間違いなく先程と同じ感覚が伝わってきていた。


まるでこの感覚こそが運命だと告げるように。

 

 

 

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