凶
「凶・・・」
初めて見た、というか本当にあるんだ凶って。
初詣で凶を引くなんて、我ながらすごい。
家族に見られない内に、何一つ救いの文字の見当たらないおみくじを細長く折りたたむ。
そして適当な嘘を吐いてその場を離れた。
別に、おみくじなんて引かなくたって、もう今年の運勢決まってるけど。
足元の砂利を踏みつけながら黙々と境内を歩く。
刺すような心地よい冷気に包まれて、私はどこまでも自由な気持ちだった。
じゃりっじゃりっじゃりっ
ひたすら下を見て歩く。
ふと気づけば、周囲から人のざわめきが消えていたが気にせずに歩き続ける。
歩くうちに境内の端まで来てしまったのだろうか。
歩ける場所が続く限り、歩いていこう。
ぎゅっとおみくじを握り締める。
細く畳んだ薄い紙は、手の汗と握り締められたことで既にへろへろになっていた。
じゃりっじゃりっじゃりっじゃりっ
じゃりっじゃりっじゃりっじゃりっ
じゃりっじゃりっじゃりっじゃりっ
じゃりっじゃりっじゃりっじゃりっ
がんっ
「った!!」
歩くことに集中しすぎていたのか、私はいきなり現れた電柱に思いっきり頭をぶつけた。
そういえば自分の足と砂利以外まったく見えてなかった。
「ドリフのコントかっつーの・・・、大体なんで神社に電柱なんかあんの?」
木々に囲まれて一本だけ立ち竦んでいる電柱を睨みつける。
くく、と背後から笑い声が聞こえた。
「神社の人間だって電気ぐらい使うだろーよ、蝋燭だけで生活してるとでも思ってんのか?あぁ?」
「なっ・・・!」
ぎょっとしてふり返れば、偉そうに腕を組んだ跡部景吾がいた。
高くて暖かそうな黒いコートに包まれているくせに、ちっとも暖かそうじゃない。
心臓が破裂しそうな勢いで脈を打ち始めた。
あまりの息苦しさに、私は思わず胸を押さえた。
「よう」
「・・・どうも、こんちは」
「挨拶が違ぇだろ?」
跡部は器用に片眉を上げて私を笑った。
芝居がかってるのに、自然だ。
ていうか。
「なんで、こんなとこにいるんですか?」
「お前こそ」
跡部はにやにや笑って私を見ている。
その距離、約3メートル。
はっと気づいて思わず口に出た。
「まさか尾けてきたんじゃ・・・」
跡部は口の端で笑った。
かぁーっと顔が熱くなる。きっと真っ赤だ。
猛烈に腹が立ってきた。
落ち着け、落ち着け。
こいつには何を言っても無駄なんだから。
学校でもそうだ、こいつは私が嫌がることをやっては楽しそうに私を見ていた。
勇気を振り絞って、私がどんなに止めてくれと頼んでも止めた事は一度もない。
息を吸って、ゆっくりと吐き出す。
白い蒸気越しに跡部を見る。
深呼吸一回じゃまだ収まらないけど。
「・・家族が待ってるから」
向かおうとしていた方向とは真逆に、今来ていた道を戻る。
跡部の横をすり抜けなければならない。
私はばれない程度の急ぎ足で、目を合わせないように跡部の横をすり抜けた。
――良かった、邪魔されなかった
思わずほっとしたのも束の間。
「げっ・・・」
跡部も方向転換をして私の横についてきていた。
気づいた私ににやりと笑いかけ、わざとゆっくり私の歩調に合わせて歩いている。
・・・胃の辺りがざわざわする。
私もいい加減腹が立っていた。
ここは学校じゃないし、周りに誰もいない。
逃げようと思えば逃げられる。
私は思い切って聞いてみることにした。
「なんで跡部くんは私を目の敵にするんですか」
恐ろしくて横なんて見られない。
真っ直ぐ進行方向だけを見て、いつでも逃げられるように身体に力を入れる。
「敵にした覚えはねぇが?」
「じゃあなんでいじめるんですか」
斜め上から降ってくる声は、それだけ聞けばいい声をしていた。
少年の声、その割りに艶があって、不思議な色っぽさだ。
返事は返ってこなかった。
そろりと顔を上げると、跡部は何か考えているようだった。
「・・それこそ俺がに聞きたかった質問だな」
「は?」
「なぜお前は俺にいじめられたさそうにしてるんだ?」
「・・・・・・」
なんだこいつ!?
怒りのあまり絶句してしまった私をよそに、跡部は言った。
「ひょっとしてマゾか?」
「違います!!」
初めてこいつに怒鳴ってしまった。
そのせいか、跡部は結構驚いたようだ。
おや、というよう眉を上げて私を見ている。
その表情が余計に私を怒らせるということを無意識的にわかってやっている違いない。
もうこの際だから全部言ってしまえ!後悔なんてするか!
静かな境内に私の怒鳴り声が響き渡った。
「私はマゾじゃないし跡部くんにいじめられたいとも思ってません!それがわかったらもう私のことは構わないでください!!」
急激に興奮しすぎたせいか、呼吸が乱れてしょうがない。
肩で呼吸をしてなんとか落ち着こうとするが、上手くいかない。
泣きそうかも。
私と跡部は、立ち止って睨みあっていた。
頭がじんじんしてきた。見上げてるせいで首も痛いし。
どうして跡部はこんなに真っ直ぐに私を見ていることができるんだろう。
いい加減逸らしたくなる視線を、気力を振り絞って保つ。
「それおみくじか?」
跡部はふっと私から目を逸らすと、私が手に握っていたおみくじをひゅっと引っ張っていった。
「ちょっと!勝手に見ないでください!」
敬語なんて使う必要ないのに思わず口から出てしまう自分が恨めしい。
跡部はへろへろになったおみくじを開くと、しげしげと交互におみくじと私を見比べた。
「凶」
「返してってば!!」
私はいきりたっておみくじに手を伸ばしたが、跡部は私の手の届かない高くへ手を上げてしまった。
そしてもう片方の手でポケットに手を突っ込み、中の物を私の顔の前に掲げた。
「・・おみくじ?」
「見てみろよ」
いい加減泣くかも。
人が意を決して話したっていうのに、さっぱりと流された。
おみくじは取り上げられるし跡部のどうせ良いに決まってるおみくじは見なければならないし。
跡部は相変わらず飄々としてどこも崩れてやしないし。
渋々手に取って開くと、そのおみくじはなんと凶だった。
「すげぇだろ」
「どこが・・跡部くんも凶だったんですネ」
自信満々に笑う跡部が少し哀れになった。
私に付き纏うから凶なんて引いちゃうんだって。
恐らく私の表情に気づいたのだろう、跡部はふっと鼻で笑って言った。
「凶なんて大吉より出にくいんだぜ、つまり、凶を引く奴の方が悪運強ぇってことだ」
そしてまったく揺るがない自信を証明するかのように高らかに笑った。
「お前も悪運強ぇってことだ、大事にすんだなそのおみくじ。俺様のおかげだぜ」
私は半分泣きそうになりながら、つられて笑った。
なんてポジティブなんだこいつ。
きっと、泣きそうなのはさっきと違って悲しいからじゃない。
よく考えなくても跡部とこんなに長く普通の会話をしたのは初めてで、しかも楽しそうに笑ってる。
それだけでこんなに嬉しいなんて。
――やっぱり最悪かも
自分の気持ちに覚醒してしまった私は、同時にいたたまれなくなった。
失恋が決定している恋なんて、しても意味ないじゃん。
「何ぼーっとしてんだ」
「え、ていうかなんで跡部くんのおかげ?」
先に歩き出していた跡部を小走りで追いかける。
待ってましたと言わんばかりの得意の笑顔。
あぁ、眩しいなぁ。
「去年俺がお前をいじめることによって運を分けてやったんだよ、感謝しな」
「はは・・・・」
なんだその理論。
でもそんなめちゃくちゃな言葉さえ嬉しい私も相当なもんか。
もういーや、新年だし、跡部に習って言いたいことは全部言ってしまおう。
「どうせならもっといい方法で運を分けてください」
「どんな」
「今みたく、普通に跡部くんと会話するとかで」
「・・・学校の外でならいいぜ」
「学校の外?」
許可が出たこととよくわからない条件に、私は足を止めた。
「お前、俺が好きなんだろ」
きーん、と高い音を立てて耳鳴りが通りすぎた。
あまりの寒さにすっかり忘れていた自分の鼻の存在を思い出す。
「俺もが気になる、今まで会ったことのない人種だ」
「が、俺には今付き合ってる奴がいる。学校でお前と仲良くお話するのは難しい、色々人間の目がありすぎる」
「というわけだ。毎週土曜は部も早く終わるし、その後どこにでも連れて行ってやる。どうだ?」
私が何も言えずにいる間に、この見目麗しい悪魔はすっかり段取りを決めてしまっていた。
きっと私がどう答えるかなんて、私の気持ち同様すっかりお見通しなんだろう。
「じゃあ、それで」
「決まりだな」
跡部は今までに見たことのない、純粋に嬉しそうな顔をした。
「今年もよろしく頼むぜ」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
契約が成立してしまったようだ。
跡部は当然のように私の肩に手を回して歩き出した。
その手はずっしりと、暖かく私の肩を圧迫してきた。
明らかに良い方向に進んでいないのに、私にはこの手を振り解くことは出来そうもない。
暖かすぎる。
いつのまにか望んでいたこの暖かさに、もう頭では何も考えることはできない。
いいよ、跡部、悪魔の仲間になってあげる。
私はふぅっと白い息を吐いて、跡部に寄り添った。
これでこの暖かさの一部は私の物なんだから。
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