小吉

  待ち人  来る

 

 













いつの間にか年が明けていたらしく、親から貰ったお年玉を手に私はまたベッドの上に寝転がった。
新年の挨拶に、年越し蕎麦、少し胃が重たいがおそらくすぐに眠れるだろう。
重い羽毛布団と綿毛布の中にもそもそと潜り込む。
まだ体温が残っていて暖かい。

カーテンと窓越しに近くの神社から鐘の音が聞こえている。
冬の夜空に響き渡る、低い良い音だ。



とんとんとんっ



一階から誰かが上ってくる足音がする。

ウチの者でもないくせに、すっかり聞き慣れてしまった足音。
その足音は私の部屋のドアの前で止まって、おざなりなノックをした。
もちろん私が返事をする前に開くドア。

「あけおめ」

「あけおめー」

ひょいっと顔を覗かせたのは、私の悪友かつ幼馴染の仁王雅治。
私も雅治も慣れたもので、私がベッドから身体を起こしもせずにいても、雅治は気にせずにベッドの横のソファに座った。

顔の上に雅治の手が伸びてきて、ぽとりと紙を落とした。


「どうせのことだから初詣行かんじゃろうと思って、お前の分のおみくじも引いてきた」

「そらどうもありがとう。と言いたい所だけど、なんでこのおみくじ既に開封済みなワケ?」

仰向けになって、丁寧に元に戻してはあったが既に開けられていたおみくじを開く。

「そりゃもちろん、悪かった方をお前にやろうと思っての」

横に目をやると、雅治は悪びれもせずに私ににっこりと笑ってから缶おしるこを飲んだ。

「だと思ったわ・・・まぁ小吉だからいいけど。これで凶とかだったらぶっ飛ばしてるからね」

「凶だったらおもしろいから、オレが貰ってる」

「あっそ、んで雅治のは?」

おしるこを勧められるままに手にしたが、寝転がっていては飲めないので仕方なく身体を起こした。
背中の後ろに、目線で促して雅治に取らせたクッションと枕を置く。

「中吉じゃった、枝に結んできちょー、ない」

「大して差ぁないじゃん」



「雅治くーん、年越し蕎麦出来たから持ってってー!」



私が呆れてため息をつくと同時に、母が雅治を呼んだ。
雅治はよいしょ、なんてオヤジ臭い掛け声でソファから立ち上がるとなめらかな動作で部屋から出て行った。

離れていく足音を聞きながら、やっぱり運動してると普段の動きからして違うなぁ、なんてぼんやりおしるこをすすっていると、ソファの上にある紙が目に入った。

レシートか?

おしるこを倒れないようにソファの上に置いて、紙に手を伸ばす。


「・・・おみくじ?」


開いて見れば、それは小吉のおみくじだった。
でも、雅治は中吉って言ってたし、私のは布団の上にあるし。



じゃこれは何?


ー、ってアチャー・・・、見つかってるし・・・」

はっと顔を上げると、お盆を持った雅治が慎重にドアを開けている所だった。
どうやらゆっくり歩いてきたので足音がしなかったようだ。
足でドアを閉める。

雅治はソファの前の小さなピンクのちゃぶ台にお盆を載せると、疑いの目で見つめる私に苦笑いをしながらソファに座った。

「これは、何かな仁王雅治くん」

ベッドから完全に身体を起こして雅治ににじり寄る、ついでにおみくじを顔の真ん前に突きつけてやった。

「おみくじに見えます」

「いきなり標準語を喋るな、ホントどこ出身なの。って違うでしょ、一体何を企んでるのかな?」

雅治は視線を中に彷徨わせ、あーともうーともつかない声を発してから、諦めた表情で言った。

「そのおみくじはな、オレの」

「へー、じゃあなんでさっきあんな嘘吐いたの?」


雅治の詐欺が好きではない私は、かなり不愉快な気持ちになっていた。
基本的に、雅治の嘘というか詐欺は、やる方は楽しいがやられた方は本気で腹が立つのだ。
もしくはあまりに見事に騙されて、すっかり魂を抜かれてしまうか。
流石に付き合いが長いので、すっかり騙されてしまうことは減ってきた気がする。


「今度は一体何が目的なの?」

警戒しながら睨みつける。
雅治は真面目な顔で見つめ返してきた。

これは重大なことぜよ、よう言えんが・・・おみくじ、全部読んだか?」

「読んでないけど?」

「じゃあ読んでくれ」

この真剣な顔に何度騙されたか知らないが、一応読み比べてみる。
しかし、どこにも変わった所はなく、2枚とも大体似たようなことが書いてある小吉のおみくじだった。

私の表情に逸早く気づいた雅治は、身体を乗り出して私が両手に持つ2枚を交互に指差した。

「ココ重要」

指先の指す所を読む。


待ち人 来る

待ち人 貴方から動けばあらわれるでしょう


「・・これが何?」

さっぱり意味がわからずに雅治を横目で伺うと、持っていたおみくじを取られた。

「こっちがので、こっちがオレの。の待ち人は来るで、オレの待ち人はオレが動けば来る、ということやの」

「で?」

完全に考えることを放棄して雅治に聞く。
しかし私はそこで雅治を止めるべきだったのだ。
その時の雅治の表情は、何度も見たことのある、企みが成功した顔だった。

「2つを合わせてみんしゃい、これはオレとは上手くいくってことじゃろ」

じっとこちらの反応を伺う雅治に、思わず大きなため息が洩れた。


どうしてこいつは、いつもこうなの。

なんで普通に出来ないの。
ていうか、どっからどこまで計算してやってんのアンタは。


猛烈に腹が立ってきたが、今更なので怒りを抑えるようなことはしない。
どうせ雅治だってわかっている。

「アンタね、新年にかこつけた告白のつもりだかなんだか知らないけど、もうちょっと私が喜びそうな方法でしたらどうなの? 私が雅治に騙されるの大嫌いだって知ってんでしょ」


いい加減この台詞も何度目なんだか。

またため息が出た。


「幸せが逃げるよ

「アンタのせいでしょうが、ったく蕎麦食べたら帰って」

私はすっかり不貞腐れて雅治の背中を向けてベッドに横たわった。

「人の一世一代の告白をそんな風に扱ったらいかんじゃろー」

「一世一代の告白があんなだってことのが問題アリ」

だってわかっとるくせに」

「えーえーわかってます、これでも長い付き合いなんだから」



雅治が人を騙すことに命を懸けていることなんて、身を持って知っている。
しかもこいつは、自分にとって大切なことであればある程、高度な詐欺をするのだ。
でも、決して私を傷つけるようなことはしない。
わかってる、わかっているんだけど、雅治のこの悪い癖だけは認められない。


私を傷つけることはなくとも、それは私を守る為に誰かを傷つける。


――・・・・



、あとな・・、お前の分も神様に願い事しちょいた」

今更何を言うのか、聞き流す。

「オレとお前なら世界で一番の恋人になれる・・・」

それは願い事じゃないし。

「お前だけはオレに騙されんじゃろ」

騙されるもんか。

・・」


「わかったわよ」


もう、どうせ知っている。
雅治はそれが一番良いと思う方法で人を騙すのだ。

それが一番良い結果をもたらすと思う方法で。


「私、雅治が好きよ」

「オレもだよ」

「だけど、アンタが人を騙すのは大嫌い。私の前だけでもやらないで」

「わかってる、絶対やらん」


「これで満足?」

「満足どころか、幸せの絶頂というヤツかな」

雅治は目を細めて笑った。

この笑顔に騙されずに、誤魔化されもせずに詐欺を見破る方法があれば教えて欲しい。


今度真田に聞いてみようかな。


なんて、そっと私を抱きしめる雅治の腕の中で思った。

 

 

 

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