春
春・夏・秋・冬。
特徴ある4つの季節ごとに、私は少しずつ違う人間になる。
成長していく身体、止まることを知らない精神の濁流。
季節の変化を受け止めて変化していく私が思うことは。
「いま、あなたにそばにいてほしい」
だから私は季節ごとに違う恋人の元を訪れる。
名前だけを明かして、秘密の恋を思い切り楽しむことにしている。
そして毎年淡いピンクのスプリングコートを着るように、春になれば河村隆を訪れていた。
晴れた朝、既に陽は高く昇り暖かく木々を照らしている。
昨日の雨の余韻でまだ少し湿った空気も、春独特の埃っぽい匂いに包まれて気持ちがいい。
ぽかぽかした光に目を細めながらぶらぶらと歩いた。
目的地は、住宅街とも商店街とも少し離れた街角にある。
古いけれど趣のある寿司屋の暖簾をくぐると、彼は驚きもせずに笑顔で私の方を向いた。
「来たね、きっと今日辺り来ると思ってたんだ」
カウンターから出てきて私に手を差し出す彼は、また背が伸びて逞しくなっていた。
顔だけが幼くてアンバランスなところが愛しい。
「また背が伸びたね」
はにかむ様に笑う彼を見上げながらその手を掴むと、ふぅっと溜め息が洩れた。
じんじんと手から喜びが伝わってくる。
彼の暖かさはいつでも私を感動させるのだ。
「俺の部屋行こう、親父は買出し行ってるから夕方にならないと帰ってこないよ」
彼は私の手を握ったまま2階へと上っていった。
一年ぶりの逢瀬。
暖かくて大きな彼の体に包まれて、優しい愛情のこもった愛撫を受ける。
カーテンの隙間から伸びる日差しがキラキラと視界の端で光っていてたまらない。
彼の背中に手を回してあやすように撫で上げると、彼は嬉しそうな声を上げた。
「どうして今日来ると思ったの?」
背中から彼に抱きしめられていると、彼の腕の中ほど安全な場所はこの世にないと思ってしまう。
つむじにこつんと彼のあごが当たって、きゅっと抱きしめる力が強くなる。
「昨日は雷がすごかったよね、だからだよ。いつも春の嵐が来た次の日に君は来るんだ」
そう、春の嵐は私に彼を思い出させる。
激しい雷に、生暖かい突風、ぬるい水滴が滴る嵐。
この、春を告げる嵐には嫌でも興奮してしまう。
暖かくて激しい、彼とのセックスによく似ているのだ。
ベッドの中でまんじりともせずに夜を明かし、朝になって家を飛び出す。
毎年がその繰り返しだ。
「ねぇ・・・」
もう一回、と私が言おうとした時、家の前に車が止まる音がした。
彼は素早く起き上がるとカーテンから外を覗いて低くうなった。
「くそっ、こういう時に限って早く帰ってくんだからあの親父・・!」
私はだるい身体を起こすと、とりあえず上着とスカートだけを履き、下着はポケットの中に突っ込んだ。
その間にも、がらがらと戸の引かれる音と彼の父親の帰宅を知らせる声が近づいて来ている。
「隠れようか?」
「うん、悪いんだけどちょっとの間だけよろしく」
彼は心底すまなさそうに笑うと、素早く服を着て私を箪笥に押し込んだ。
足音は階段の中ほどまで来ていた。
「おぅタカシ!いま帰ったぜ、荷物運ぶの手伝ってくれ」
ノックの音と共に彼が部屋の外へ出て行った。
「おかえり!じゃあ急いで運んじゃおうか」
どんどん遠ざかっていく親子の会話を聞きながら、いまの彼の顔を思い浮かべてみた。
きっといつもどおりの笑顔でいる。
八の字に下がった眉毛に目を細めて困ったように。
狭くて暗い箪笥の下段を占領して横になる。
少し動くだけでふわりと彼の香りが鼻を掠めた。
箪笥に女を隠しているくせに。
さっきまで私の上に乗って性欲に支配されていたくせに。
私は目を閉じて、心の中に浮かんだこれらの言葉を眺めて溜め息を吐いた。
これだから河村隆はたまらなくいい男なのだ。
「お寿司持ってきたけど、もう少し寝てる?」
「・・ぃや、もう起きる」
眩しい光がまぶたを突き刺す痛みに目を覚ますと、黒い影がのそりとしゃがんでいた。
「もう夜なの?」
どうやら今まで寝ていたらしい。
さすがに箪笥の中は暑くて少し汗をかいたようだ、背中がじっとりしている。
彼は低く笑って私を箪笥から引きずり出した。
「もう11時だよ、俺はさっさと寝ろって追い返されたトコ」
四つんばいになって部屋を見渡すと、机の上にラップの掛けられた海苔巻きや稲荷寿司が乗っている以外、何も変わっていなかった。
「それとも一緒にお風呂入る?今なら誰にも見つからないと思うよ?」
彼はシーツが乱れたままの布団に腰を下ろし、にっこり笑って私を見つめている。
私は吸い寄せられるように彼の膝の間に収まると首に両腕を回した。
「もう一回しよう」
「だね」
彼はさも嬉しそうに笑って私を床に押し倒した。
「今夜も嵐だね」
「すごい雷・・、綺麗」
二人ともだらりと寝そべりながら窓の外を見ている。
雷が激しく地上を攻め立てていた。
「雷って神様の鳴き声だから神鳴りとも言うんだって」
「そうなの?知らなかった」
彼は私の方を振りかえって驚いてみせると、窓の外に視線を戻した。
「随分激しく鳴くんだね、どっか痛いのかな?」
「気持ちいいからかもよ?」
「・・・そういやの声にも似てるかも」
「え、こんな声出してんの私?もっと可愛い声出してるはずなんだけど」
「似てるのは感じだけね、すっごい気持ちいいって声出してる」
「・・・そぉ?」
私たちはふざけあいながらも稲妻を見つめていた。
「今年も春が来たんだ」
彼は急にこっちを振り向くと、にっこり笑って私の鼻の頭にキスを落とした。
「の訪れで知る春の訪れ、なんてね」
「ポイント2倍な春って感じ」
「うん、・・もう春なんだよ」
彼は私をぎゅうっと抱きしめると、一晩中離さずに抱きしめていた。
2004・3.19
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