じーわじーわじーわ。
みーんみーんみーん。

そんな蝉の声も聞こえなくなって久しい8月31日の午後、夏休み最終日。
私は毎日通いつめた場所へ今日も来ていた。
実に31日間私はここへ来ていたことになる、新記録だ、当たり前だけど。

それにしても、暑い。
暑くて暑くてたまらない。
木陰に座っているだけなのに額から汗が滑り落ちていく。
肌からじわじわと暑さが染みこんで、身体中がしっとりと汗で濡れている。


「ねーえ!まだやるつもりなの!?」


私は熱風しか生み出さない麦わら帽子で仰ぐのを止めて、目線から3メートル先正面で私に横顔を向けている男に声をかけた。
陰の外は目に痛いくらいの太陽の光に溢れている。
こんな時間に外に出ようという気持ちが、全くさっぱりわからない。

男は私の声がまるで聞こえなかったかのように、黙々と竹刀を振り続けている。

「ちょっと、聞こえてるー?真田弦一郎くーん?」

「・・・」

「むっつりスケベな15歳のたまらん真田弦一郎くーん!?」

「黙らんか!!」

真田弦一郎はやっと素振りを止めてこちらを振り返った。
長い前髪が汗まみれのおでこに張り付いているのをうっとおしそうに払うと、苦々しげな表情で私の元まで歩いてきた。
素足でさくさくと草を踏む音が心地いい。
この暑いのにわざわざ着ている袴が、足の動きに合わせてふぁさりと広がる。

そこから見えるのは、骨ばった足に、くるぶし。
私の目は一瞬そこに釘付けになる。


たまらん。


「鍛錬の最中に声をかけるな、邪魔以外の何者でもない」

真田弦一郎は冷たい目で私を見下ろしてから、私の横に腰を下ろした。
隣、と言っても人一人座れる程の距離を置いての隣に。


「私が真田弦一郎を口説きだしてから今日で31日目!」

私ははぁっとため息を吐いてから横を振り返った。

「なのに口説き落とされるどころか未だに名前で呼んで貰えてないし」

じっとりと恨みがましく睨み上げるが、相手はこちらを見ようともせずに2リットルのペットボトルから 直接ごくごくと水を飲んでいる。

上下する喉仏。
唇から滴り落ちる水滴。


たまらん。

真田弦一郎はたまらないほどセクシーだ。
そのストイックなセクシーさがたまらなく私を惹きつける。
その点国光と似ているが、あっちが炎を内包している氷だとしたら、こっちは炎を内包しているドライアイス。
溶ければ水に、二酸化炭素になる。
液体と気体だ。その性質は驚くほど違う。

だからこそ今年の夏は真田弦一郎を恋人にしたかったのに。
老け顔だけどよく見ると男前で古風で口癖がたまらんな15歳を恋人にしたかったのに。
髪だってさらさらでつやつやな・・・。



「おい」


「なに?」

「勝手に人の髪に触るな」

「これはうっかり」

気が付けば私は膝立ちでにじり寄り、真田弦一郎の前髪を指で梳いていた。
汗で濡れたこのしっとりとした感触もたまらない。
体温と気温がさして変わらない中で、自分の身体が溶けていくようなセックス。

まさに夏の醍醐味。

うっとりしつつも、ぎろりと睨まれたので渋々指を離す。
でもそのまま隣にぴったりとくっついて座ってやる。
じっとりと湿った体温を感じて、私は思わず鳥肌を立てた。

「・・・おい」

「ちょっと押し倒すだけで私は真田弦一郎のモノなのになぁ」

「おい・・!」

「この白いワンピースなんて一張羅なんだからね、草の上に座っていいような代物じゃないんだから」

私はそう言って、足を伸ばして座ると丁度膝小僧がきれいに見えるスカートの端をつまみあげた。
足は真田弦一郎にならって素足だ。
横に視線をやると、眉をしかめて私の足を見ている。
真田弦一郎好みと思われる少し長めのスカートなのだけど、気に食わなかったのだろうか。

「隣にこんなに可愛い女の子がいるのに、どうして真田弦一郎は何も反応しないのか?」

「お前は・・・」

「イチ、ホモだから。ニ、単純に好みじゃないから。サン、実はとっくにベタ惚れで、うかつに手が出せない状態だから」

陽が落ち始めてきているようで、涼しい風がさぁっと二人の前を通り抜けた。


「なぜフルネームで俺の名前を呼ぶ」


「ブー、答えになっていません」

「どれも不正解だ」

「ブー、それもハズレ。必ず回答の中から一つお選びください」

「まず俺の質問に答えろ、なぜフルネームで呼ぶ」

「質問の意図がわからないので答えたくありません」


私は嬉しくなって、にやりと笑って言った。

いつも私が一方的に喋るばかりだったのに、会話になっただけでよしとするか。

身体の側面がぴったりと寄り添う状態、傍から見れば完璧にいちゃつく恋人同士。
今年はこれで我慢して、真田弦一郎の攻略は来年に持ち越そう。


「質問の意図?そんなものはない」

「質問がある限りそこには必ず意図が存在するのです。ちなみに私の場合、真田弦一郎に3を選んでほしいという意図があります」

「・・・それは、言ってしまっては質問の意味がなくなるだろうが」

「でも質問のあとに意図をつければ、より答えやすくなるでしょう。ねぇ」

私は体勢を変えると、下から真田弦一郎の顔を覗き込んだ。


「どうして私が好きだって言えないの?」



「・・・死んでも言えるかそんなこと」

真田弦一郎は口元を手で覆うと、小さく呻くように呟いた。
私は目を逸らさずに、その手の甲にキスをした。

 

 

2004/8/31

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