この野郎
コンコン
「どうぞ」
ノックの音に手を止めて、声をかける。
扉を開けて入ってきたのは跡部だった。
「早ぇな」
「跡部こそ。私は掃除なかったから、部活は?」
生徒会という雑用係りに任されたアンケートの束をペンの先でとんっと叩く。
跡部は首を竦めて私の前の席に座った。
「お前に話がある」
「・・・話?」
手に持っていた鞄を机の横にあるソファに投げ、ゆっくり背もたれに寄りかかって私を見た。
その目はどことなく挑戦的だ。
「好きな男が出来たらしいな」
時が止まりました。
自分の周りの空気がぴたっと動きを止めました。
奇声を飲み込むことが出来てよかった、発してたら間違いなく裏返った声が出てた。
「それはまた、一体どなたからお聞きになったんでしょう?」
握り締めていたペンを置いてから慎重に問い掛ける。
「忍足から」
「そう、あの眼鏡でうさんくさい忍足君から・・・」
怒りで頭がかーっと熱くなる。
どうしてやろうにも何も考えられない。
「で、誰だ?」
跡部は背もたれから背中を離し、机に腕を乗せた。
尋問中の刑事みたいな体勢だ。
「あの、まだそれが本当かどうか審議してないんですが」
「近頃お前の様子が変なのはオレも気付いてんだ、忍足の話聞いて納得した。で、誰だ?」
どんな話をあの食い倒れバカはしたのか・・・。
どこまで話したんだろう、それがわからなきゃ跡部にどこまで話せるかわからない。
カマをかけられているというのが一番嫌な可能性だけど。
跡部の目をじっと見つめる。
「お前とオレの間で隠し事はなしだろ」
「おねしょから恋愛遍歴までバレバレだしねぇ・・・今更隠してることなんてないけど?」
幼等部からの付き合いだ。
それこそ体中のほくろの数さえ昔の写真だのを引っ張り出せば数えられるかもしれない。
「嘘吐くな、声高ぇぞ」
「無意識って困りもんだよね・・」
「どの野郎なんだ、隠すってことはテニス部か?」
「忍足に聞けば?」
そう言った瞬間、跡部の顔が恐ろしく不快そうになった。
地雷踏んじゃったわ。
一番親しいと自負してる人間の情報を他人から聞くのは不快よね確かに。
「、オレじゃなく、先に忍足に言ったのはどうしてだ?」
あ、そこに怒ってたの?
確かにあの秋葉原系に先を越されたら、私だったらマジで忍足ボコっちゃう。
私は深ーくため息を吐いた。
「・・・それが不覚にも、忍足にバレちゃいまして、私から言ったわけじゃないですから」
「あいつ人間観察が趣味だからな・・・」
心底嫌そうな私にシンクロして何か思い出したのか、跡部も気持ち悪そうに言った。
「それはわかった、で、結局どの野郎なんだ」
跡部は気を取り直すように頭を振ってから私を見つめた。
この調子じゃ忍足は私との約束通り言わなかったらしい。
あんだけ脅してぺらっと喋るほどバカじゃなくて良かったあのテニスに関してだけ天才が。
黙る私に痺れを切らしたのか、跡部は机に上半身を乗り出してきた。
「言えないような野郎なのか?」
「うーん、言えないというかまだ言う心の準備が整ってない」
「今更だろ?」
うん、今更なんだけど、流石に恥ずかしいんだ。
どうしよう、別に言った所で跡部と私の関係変わらなさそうだし。
「どの野郎かと言いますと」
「どの野郎だ」
私はびしりとペンの先で跡部の鼻先を指した。
「この野郎なんです」
あ、フリーズした。
いつも自信過剰なのに自分を選択肢に入れてなかったの。
つまり私と自分が付き合うような展開はないって思ってたんでしょう。
私もそう思ってたクチですけど。
とりあえず、いつまで固まってるかおもしろいから見てよう。
ペンを下ろしてじっと見つめていたが反応がないので、顔にふぅっと息をかけてみた。
瞬間。
跡部ががばっと身を起こした。
「オレか!?」
「反応遅い!」
「一瞬日本語が理解できなくなって・・・ドイツ語で喋っていいか?」
「私は日本語くらいしか満足に喋れないので勘弁してください」
素でボケる跡部にツッコミつつ、私は伺うように小首を傾げて見せた。
「で、モテモテキングのお返事は?」
「待て、心の準備が」
「今更でしょ?」
うーんと唸ってから、跡部は笑った。
「ありえねぇことが起こるもんだな人生ってのは」
「悟りの境地?」
私も笑った。
「今更お前に告白されるなんて誰も思わねぇよ、バーカ」
「今更だけど、この野郎が好きだって再認識しちゃったもので」
「知ってるよ。忍足あの野郎、知っててオレを嵌めやがって」
「正式に彼氏彼女になることも大切やで、オレに任しときー、だって」
「とりあえず、眼鏡のキューピッドを殴りに行くか」
「素晴らしいアイディアです」
感謝を込めてぼこぼこにしてあげましょう。
05.2.7
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