やく
「越前の奴、今週の土曜デートらしいっすよ」
「へっ?」 ぐちゃぐちゃの鞄からジャージを引っ張り出していた英二の動きが止まった。
口では悪態をつきながらも、桃の顔はにやけている。 「誰となのか聞いても答えないんすよ。『関係ないでしょ』の一点張りで。一体誰となんすかね、やっぱあの竜崎先生のお孫さんですかねぇ?」 「さっ、さぁ?わかんないな〜」 同意を求められたものの、英二はその『お孫さん』とやらの存在すら知らなかった。
本題はこれだったらしい。 今週の土曜は祝日で、丸一日のお休みなのだ。
「悪いけど先約あり!残念無念、まった来週〜!」 英二はおどけて笑った。 「そりゃ残念!まさか先輩もデートじゃないでしょうね?」 「まっさかぁ!」 英二は慌てて首を振った。
そして今、英二はグラウンドを走っていた。 例の「グラウンド10周!」をくらったからである。
誰が見ても今日の英二はおかしかった。 ボールはことごとく狙いを外れたコースへ飛び、ネットするはアウトするは。
――どういうことなんだろう
頼んでいた靴が土曜に届くというので、そのついでに映画を見ようとリョーマを誘った。 リョーマは 「いっすよ、それ気になってたんで」 と言って快諾してくれた。 ――はずなんだけど・・?
デート?
英二はゆっくりと、頭の中をまとめようとした。
いやいやちゃんと今週のだと伝えたはずだ!それに来週の土曜は授業もあるし、間違えることはないはず。 じゃあ、あとからデートの約束が入って、それをまだ英二に言えずにいるとか・・・。 それとも映画が終わったらすぐデートに行くつもりだとか?
自分は土曜のことを考えてはうきうきして、昼はどこで食べようとか、新しいゲーセンに行ってみようとか計画を練っていたのに・・・。 すっかりしょぼくれている英二は、すでに本来の目的を忘れて歩いている。
ほの暗い帰り道、英二とリョーマは二人で歩いていた。 「今日はお疲れ様でしたね、エージ先輩」 まだしょんぼりしている英二に、リョーマは明らかに笑いを含んだ声をかけた。
英二が走らされたことのどこが自分のせいなのか。
英二の顔には、はっきりと『まずった!!』書いてあった。 「猫化してごまかさないでください」 リョーマは逃げようとした英二のシャツを掴んだ。
リョーマはまたしても間抜けな声を出してしまった。 「してますけど、それがなんか関係あるんすか?」 「桃が、越前は土曜・・・・俺以外の人と、どっか行くって・・・」 いつもの元気はどこへ行ったのか、英二の声はしりすぼみになっていった。 二人は、入り組んだ住宅街の中の小道で立ち止まっていた。
「桃先輩が・・?」 リョーマは腕を組んで目を横に走らせた。 「エージ先輩。ほんっとにそう言われたんすか?」 英二は自分をまっすぐに見上げてきたリョーマの目を、まともに見ることができない。 「ほっ、ほんとは」 「ほんとは?」
「・・・デートだって」
英二はそう言うと、がっくりうなだれた。 「いーよ、おチビ。彼女の方が大事だもんな・・。俺のことは気にしないで楽しんでこいよ・・・」 「先輩、うなだれたまま言っても説得力ないっす、しかもそんなこと言われたら余計気になるし」 リョーマはたたみかけるように言った。 「だって俺、すっごい楽しみにしてたのにぃ・・・・」 ついに英二の声は、泣きそうなトーンにまで落ち込んだ。
もちろん全部、英二が勝手に勘違いしているだけなのだが、おかげで嬉しい収穫があった。 リョーマは心の中でにやりと笑う。 かなり見当違いの誤解に最初は焦ったリョーマだったが、英二の考えが読めてからは笑いをこらえるのが大変だった。
「冗談ですよ、エージ先輩。土曜は先輩との予定しか入ってません」 「ほんと!?」 英二は全開の笑顔で顔を上げた。 「オレ彼女とかいないですし」 「そなの!?――・・・」
『良かった!!』と言いそうになって、英二は慌てた。
英二は首をかしげた。 リョーマに彼女がいないことが、なぜ『良い』ことなのか?
英二が急に百面相を始めたので、これでは期待した方向へ話が進みそうもないと判断したリョーマは、さっさと歩きはじめた。 「エージ先輩、置いてきますよ!」 「え、待ってよおチビ!」
英二は素早くスタートを切ると、目の前の小さな背中に飛びついた。
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