くにみつ
乾が去った後も、手塚はしばらく戸のほうを見たまま固まっていた。 顔は心なしか青ざめている。 乾のヒントは、果たして手塚の心に何を喚起させたのか。
「あぁ、これが噂の『くにみつ』か。ありがとう不二、帰ったらありがたく頂くよ」
「うん。じゃあまたあとで」
踊り場に降りると、階下を見つめる不二がいた。 「やぁ手塚。居たんだ」 いつもどおりの笑顔で不二はふり返った。
「・・・不二。俺に用があるなら直接来い、回りくどいことはするな」 不二は困ったように、小首をかしげて微笑んだ。 「なんのこと?・・掃除当番だからもう行かなきゃ」 不二は手塚に背を向け手すりに手をかけた。
「『しゅうすけ』」
不二はまず視線だけを手塚にやり、次に深い微笑みと共にゆっくりと体ごとふり返った。
「・・・周助」 「何?国光」 二人は校内のざわめきから完全に隔離された。 不二が一歩、手塚に近づく。 「『くにみつ』は今あるのか?」 「あぁ・・・これだよ」 不二の持っている紙袋から取り出されたものは、大きくて真っ赤なりんごだった。 「これが『くにみつ』、か?」 どことなく安らいだ表情になった手塚に対し、不二はふっと微笑む。
そしてりんごに噛み付いた。
しゃりっ
「美味しいよ、はいあげる」 口をもぐつかせながら手塚にりんごを渡す。 甘酸っぱい香りが移り、漂った。 「・・・グラウンド10周だな」 手の中のりんごをひととおり眺め、不二にちらりと視線をやると、手塚もりんごにかじりついた。
「好きなように呼べ。俺は気にしない」 不二の顔がわずかにゆがんだ。 「・・わかった。好きにするよ」
「・・・了解した」 軽いキスで契約を済ますと、不二ははずむような足取りで階段を下りていった。
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