くにみつ

 

 

乾が去った後も、手塚はしばらく戸のほうを見たまま固まっていた。

顔は心なしか青ざめている。

乾のヒントは、果たして手塚の心に何を喚起させたのか。

 

 

「あぁ、これが噂の『くにみつ』か。ありがとう不二、帰ったらありがたく頂くよ」


放課後の誰も居ない屋上の扉を抜け、手塚が教室へ戻ろうとした時、静かな階段の踊り場に大石の声が響いた。


――・・・裏切られた


と手塚が思ったかどうかは謎だが、表情は間違いなく険しいものになっていた。

「うん。じゃあまたあとで」


とんとんとん・・・・


階段を下る音が、下階から聞こえるざわめきに交じり、消えていった。


「・・・・不二」

踊り場に降りると、階下を見つめる不二がいた。
放課後、屋上への踊り場に人はいない。

「やぁ手塚。居たんだ」

いつもどおりの笑顔で不二はふり返った。
大石はすでに階段を下りきっている。


手塚は静かに不二を見つめた。
不二も笑顔のまま手塚と目を合わせる。

「・・・不二。俺に用があるなら直接来い、回りくどいことはするな」

不二は困ったように、小首をかしげて微笑んだ。

「なんのこと?・・掃除当番だからもう行かなきゃ」

不二は手塚に背を向け手すりに手をかけた。

 

「『しゅうすけ』」

 

不二はまず視線だけを手塚にやり、次に深い微笑みと共にゆっくりと体ごとふり返った。


「ごめん、聞こえなかったよ」


手塚は一瞬明後日の方向を見たあと、眼鏡のずれを直して深い呼吸をした。

「・・・周助」

「何?国光」

二人は校内のざわめきから完全に隔離された。

不二が一歩、手塚に近づく。
二人の距離は1メートルもなくなった。

「『くにみつ』は今あるのか?」

「あぁ・・・これだよ」

不二の持っている紙袋から取り出されたものは、大きくて真っ赤なりんごだった。

「これが『くにみつ』、か?」

どことなく安らいだ表情になった手塚に対し、不二はふっと微笑む。


「そう、『くにみつ』って品種」

そしてりんごに噛み付いた。

 

しゃりっ

 

「美味しいよ、はいあげる」

口をもぐつかせながら手塚にりんごを渡す。

甘酸っぱい香りが移り、漂った。

「・・・グラウンド10周だな」

手の中のりんごをひととおり眺め、不二にちらりと視線をやると、手塚もりんごにかじりついた。


しゃり


「・・国光、そういうのを公私混同って言うんだよ」

「好きなように呼べ。俺は気にしない」

不二の顔がわずかにゆがんだ。

「・・わかった。好きにするよ」


とんっ・・・


「じゃあ、僕と二人の時にだけお願いします」

「・・・了解した」

軽いキスで契約を済ますと、不二ははずむような足取りで階段を下りていった。


その際こらえきれずに漏れ出した笑いが、踊り場を抜けて囁くように手塚の耳に反響した。

 

 

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