すたでぃ

 

 

放課後の教室に、分厚い英和辞書の薄いページをめくる音と、鉛筆を動かす音が響いている。

「ねぇ不二。『びーいんたれすてっどいん』てどんな意味?」

「興味がある」

「サンキュ」

英二も不二も、手元に目を落したままの会話。
二人とも勉強に集中している。

特に英二は、先程不二に言われた事がこたえているせいか、似合わないしかめつらをして辞書をめくっていた。


程なくして、英二が再度尋ねた。

「んじゃ『びーほっくどおん』は?」

「『びーふっくどおん』だよ。夢中になっている」

「にゃるほど」

英二は二度首を縦に振ると、また辞書をめくり始めた。

 

 


テスト前のため部活はない。

英二と不二は人のいない教室を探し、そこで勉強していた。
一つの机を二人で挟んで使っている。

「英二、僕にはわかったよ」

不二は教科書をぱたりと閉じると、静かにそう言った。

「なにが?あっ!出そうなトコとか!?」

「違う。君の英語力がどれくらいか、って事がだよ」


勉強を始めてから英二はずっと不二に質問しどうしだった。
そのせいか、途中からは不二が完全に教師化していた。

最初は丁寧に教えていた不二だったが、何度も同じ単語の意味を聞かれたり、分かりやすく説明した後に

「ごめん、全然わかんない・・・」

という事が繰り返された後なので、さすがに疲れが見えていた。


「英二は基本の単語を知らなさ過ぎ。単語の意味が分からなければ、その文を理解する事は出来ない。というわけで」

ここで不二はルーズリーフを一枚取り出し、英二の前に置いた。

「ここにテスト範囲内で分からない単語と、その意味を書くこと!ちゃんと辞書で調べるんだよ」

開眼した不二の圧力に押されて、英二はしぶしぶ英和辞書を取り出した。

「辞書って苦手〜。一杯意味が書いてあって、どれにしたらいーのか分かんないんだもん」

溜息をつく英二に、不二はにっこりと笑った。


「そういう時こそ僕に聞いてよ。それじゃ頑張ってね」

 

 


そして今に至る。

「『ふぉーるいんらぶ』は?」

「恋に落ちる、そのままだよ」

「うにゃ、確認までにと思って」

会話が終われば、静かな教室には薄い辞書のページをめくる音だけが響く。


不二はふと、鉛筆の動きを止めた。
顔は動かさずに、目線だけで英二を伺う。


――なんだろう


勉強に集中していた為気付かなかったが、先程から変な違和感がある。

不二は、真剣な面持ちで辞書をめくる英二を見つめながら、考えた。


そうだ。

さっきから英二が聞いてくる英語はどれも意味が重複していない。
英二にも、どれが文脈に適した訳なのか分かるだろう。

――だいたい

不二は更に頭をめぐらせた。


『fall in love』なんて熟語は、テスト範囲に出てこなかった筈だ。


しばらくして、不二は目線をノートに移すと、口の端をゆっくりと持ち上げた。

 

 

「ねぇ、英二」

今度はしっかりと顔を上げて英二を見る。

「なに?」

英二もそれに気付いて顔を上げた。

「この分じゃ今日はそれだけで終わっちゃいそうだから、出そうな所を僕が教えてあげるよ」

不二はにっこり笑って続けた。


「その意味を調べてくれる?」


「え〜・・・。うーん、わかった」

英二は複雑そうな顔で頷いた。

 


「それじゃ行くよ。『want』は?」

「それぐらい知ってるよ!『欲する』、でしょ?」

「正解。じゃあ『need』は?」

「かーんたーん!『必要とする』!」

英二は得意満面である。

「まぁここまでは基礎だしね。『take care of』は?」

「えーっと・・・」

英二は慌てて辞書をめくる。

 

二人を包む空気が、先程とは違うものになっていることには気付いていた。
不二は頬杖をついて微笑みながら英二を見ている。


――ひょっとしてばれたかな?


英二はページをめくりながら高速回転で考えた。

よーっしそれならとことんやってやる!!

「大事にする!」

英二はどこか挑むような表情で、顔を上げた。
少し驚いた顔になった不二だったが、すぐに笑顔に戻った。

「そういう意味もあるね」

「へっへーん!じゃあ今度は俺の番ね!行っくよ〜!」

英二は辞書を机に垂直にたて、不二から隠した。


「とぅぎゃざー!」

「一緒に」

「おーるうぇいず!」

「ずっと」

「ふぉーえばー!」

「永遠に」

「・・すてい!」

不二は極上の笑みを浮かべた。


「そばにいるよ」

「おれも!!」

英二は素早く机に身を乗り出して、不二に抱きついた。
不二もしっかりと英二を抱きとめる。

「うに〜」

英二は幸せそうに、不二に擦り寄っている。

「不二大好き〜」

「僕も英二のこと大好きだよ」

二人は目を合わせてクスクス笑うと、ゆっくりと唇を重ねた。

 

 

 

「はぁ」

「なーに溜息ついてんのさ〜、不二」

「今日も勉強できなかったでしょ・・・」

二人は夜道を帰途についていた。

「いーじゃん!細かい事は気にしなーい!」

「あのね・・・」

不二は英二に向き直った。


――ま、いいかな


幸せそうに笑う英二につられて、不二もにっこり笑った。

「明日こそ頑張ろうね、英二」

「うん!まっかせなさーい!」

ぴょんぴょん飛び跳ねる英二を、不二はいとおしそうに見つめた。

 

 

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