暖冬

 

 

リョーマは散歩をしていた。

見渡す限り一面の畑で、その真ん中をくねくねと細く伸びる道を歩いている。

畑には大根、キャベツ、かぼちゃ、人参などが植えられていた。
(他の野菜が何なのかリョーマには分らなかった)


畑の向こうには林が続いている。

真っ直ぐ伸びている様に見える道も、カーブしたり、坂道になったりしている様で、終わりが全く見えない。

一体この道に終点はあるのだろうか。

辺りは静かで、時折鳴く鳥の声が木々の間に木霊していた。

 

空は青く、どこまでも続いていた。

 

陽気に誘われるように出かけたリョーマは、今まで乗った事もない電車に揺られて小一時間、山道を歩いて小一時間、そうして現在に至っている。

散歩と言うよりも、そろそろ遭難の域に近づきつつあるのだが、


――来た道を戻れば帰れるでしょ


と、当の本人は全く危機を感じていなかった。

大きく緩やかなカーブを曲がりきると、目の前に大きな平屋が出現した。
道はその家の玄関に吸い込まれるようにして終わっている。


――ここが終点?にしてもでかい家だな


ひょっとしたらこの山全部がこの家の人の物なのかもしれない。

あっさりと終点が見つかったことに拍子抜けしながらも、リョーマは家の裏手に回ってみた。

――道が家を突き抜けて続いてるかもしれない


しかし残念な事に、家の裏には畑しかなかった。
とうもろこしの青々とした葉が、天に向かって伸びている。

リョ―マは自分の背よりも高いとうもろこしを掻き分けながら奥へ進んだ。

目の前が開けると、そこには空と、またもや畑が広がっていた。

とうもろこしに隠れていただけで思ったよりも広い畑だった。


五m程離れた所に、こちらに背を向けて人が立っていた。

麦わら帽子をかぶり、首には手拭い、白いシャツの袖をまくっている。
濃い色のジーパンを黒い長靴の中にしまっていた。

特にどうといったことのない、畑仕事の標準スタイルである。
しかし、


――・・・?


リョーマはその後ろ姿をどこかで見た覚えがあった。

随分と若い。しっかりとした肩に、すらりと伸びた足。
リョーマは彼の性格とそっくりに、真っ直ぐと伸びているあの足が大好きだった。

 

「ぶっ、部長?!」

 

ゆっくりと振り返ったその人は、確かに手塚の声で

「――越前?こんな所で何をしている」

と言った。

麦わら帽子の作る影が、顔に濃く陰を落としている。


――顔が見えない!


リョーマは手塚の元へ駆け寄った。

「散歩ですけど・・、部長こそ何してんすか・・・?」

手塚は、泥だらけの手の甲で額をぬぐった。
いつもの凛々しい顔の所々には泥がついていた。

「見れば分かるだろう、大根の収穫をしている」

片手には泥だらけの大根を持っている。


――いや、そりゃ見ればわかりますけど・・・!!


「お前も暇なら手伝わないか?」

「はぁ・・」

リョーマはただ頷くことしか出来なかった。

 

 

ひたすらに大根を抜いていく。

リョーマは話している内に大体の事情が掴めた。

この林の奥には絶好の釣りのポイントがあり、その帰りにここで御飯をご馳走になったので、そのお礼に畑仕事を手伝う。

という事が恒常化しているらしい。

近頃では釣りではなく畑仕事をしにここまで来ているらしい。

 


単純な作業ほど熱中してしまうもので、気が付けば辺りは真っ赤に染まっていた。

リョーマと手塚は大層感謝され、お礼のお礼に大量の大根を貰った。


「これどーします・・?」

二人は両手に大根の目一杯入ったビニール袋を持ちながら、山道を戻っていた。山間にこおろぎの鳴き声が響いている。

「近所の人にでも配るんだな」

「・・・そうっすね」

果たして配りきれるであろうか。

リョーマは両手の大根を見下ろしてから、後ろを振りかえってみた。
既にあの大きな平屋は、気配すら見せずにきれいに視界から消えていた。


――狸にでも化かされてる気がする・・・・


左隣を歩いている手塚の横顔を盗み見る。
夕日に照らされ赤く染まっている横顔は、いつもどおりの手塚にしか見えない。

「越前」

そんな事を考えていたらタイミングよく話しかけられた。

「へぁい?」

その為びっくりして上手く声にならなかったが、手塚は特に気にしていないようだった。

二人は一旦足を止めた。

「今日は手伝わせて済まなかったな。助かった」

手塚は左手に荷物をまとめると、空いた右手でリョーマの頭を優しくなでた。

とても柔らかい表情をしている。


――まいっか、狸でも


リョーマは軽く笑うと自分も大根を右手に移し、左手で手塚の手を取った。

――ただし、


「化けるのはオレの前でだけにしてくださいね?」


笑ったままそう言って、しっかりと手塚の手を握る。
握り返す手は、力強く温かい。

繋いだ手を通してじんわりと、その温かさがうつってきた。

 

――今年の冬は温かく過ごせそうだ

 

リョーマはにやりと笑った。

 

 

back 02/9/16