波の子
ルフィが、一人で甲板に居た。
赤いベストと黄金の麦わらが、吹いてくる風にそよぐ。
船の手すりに座って、外に向かって足を投げ出し、海を眺めている。
見渡せども見渡せども、見えるのは空の色を映した海ばかりで、水平線は輝く白い雲の下、ゆるやかな曲線を描いている。
たまにちらちらと広い海が白くさざ波だつ以外には、変化のない穏やかな凪だった。
そろそろ、日が暮れる。
日中のあの突き刺さるような白い光は、少しだけ柔らかくなって甲板に降り注ぎ、夕方の訪れを伝えようとしていた。
目が覚めて食事をしてからずっと、船長は甲板に居座っている。昼は、皆で海を眺めながらサンドイッチを食べた。
…つまり、朝から結局、ルフィはずっと海をみていたことになる。
「ルフィ」
「ん。おう、ゾロ!」
「楽しいか?」
気がつけば四六時中海の側にいて、何をするわけでもないのに太陽を浴びている船長に、ゾロは眉を上げた。
返事はしないで、ルフィは手すりに片手をかけて、ゾロを振り返る。
「みんなは?」
「…船室」
「メシは」
「今作ってる」
腹減ったなー、とルフィが腹をさすった。
その腕や身体のあちこちに、うっすらと残った傷跡に気付く。
もう消えかかっているものもあれば、これからもずっと残りそうな、白く色が変わった傷もあった。
……確実に刻まれていく戦いの証。
「…結構、残ってるんだな」
「ん?」
「怪我の跡」
「ああ」
初めて気がついたと言うように、ルフィは肘を上げて自分の腕を見た。
あっさりとした表情で、腕に浮かんだ傷を見つめる。
「痕消えねェなー」
「男の勲章だろ」
答えると、ルフィはきょとんとした顔をする。
「なんだそれ」
「…一般論ではそうなってんだ」
ゾロの会話を聞きながら、ルフィは腕を上下に上げ下げする。白っぽく残った傷も、それに釣られて筋肉の上で踊った。
「傷は、勲章じゃねェ。戦ったなごりだ」
「…まあ、そうだな」
「そうだ」
そしてにぃっと、ゾロの顔を見てルフィは笑った。
「ゾロの傷は剣士の傷跡だ」
「あァ?」
「見せて恥ずかしい傷なんてねェだろ」
「たりめーだ」
敢えて後悔するのなら、背中を切られる代わりに受けた傷だ。
それは先を走る「強さ」を追い越せなかった証拠で。
この男と果たした約束を、守れなかった時の傷。
ゾロの手が、なんとなく身体を走る縫い痕を撫でるのを、ルフィは笑ったまま見ていた。
海賊王になると宣言した男は、まだ交わした約束を違えたりしていない。
高みに向かって、ただひたすらに駆けていて、どんどん上り詰めていく。
今置かれた場所から、さらに上だけを目指していくから、仲間の失敗も、いともあっさりと濁流に飲み込んでしまう。
手すりを跨いで、ルフィはゾロと向かい合った。
ゾロの眉間に皺が寄ったのを、気付かないふりをしながら、見落としたりしない。
人の心の泉に溜まった気持ちを掬い上げて、それを飲み込んで自分のものにしてしまう。
この時もルフィは、自信ばかりに満ち溢れた黒い瞳をゾロに向けた。
「大丈夫だ、ゾロ」
「………ハ?」
沈みかける太陽を背中に、ルフィがにんまり笑った。
「おれが海賊王になるころには、お前の傷は、全部ゾロの誇りになってる」
「………アホか」
「ししし」
なんとなく、ルフィの髪を撫でてみた。
子供のように笑ったまま、ルフィは顎を引いてゾロの手が動くままにされている。
人間に触れたというより、波の子に触れた気がする。
遠く近く、白く波打って変化するのに、手を伸ばしても触れることは出来ない、海のうねりに似て。
乾いた掌で触れたルフィの額は、
太陽と潮の気配が、した。
アリハラ様から10000hitのキリリクで戴いた物です。
「ゾロル」でお願いしました所、こんな素敵文をくださいましたv
ルフィ最高。波の子という言葉もすごく美しい響きだと思います。
ルフィの頭撫でてるゾロを想像しただけで鼻血ものです。
はしばしから二人の雰囲気が伝わってきてうっとりです・・・v
花田のリクに完璧応えてくださってありがとうございました!!
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