ヨメに来るか?

 

 

空はすっかり日が暮れて、真っ暗闇。
時折瞬く星達に見守られて、今宵もゴーイングメリー号はグランドラインを突き進んでいた。

キッチンには3人の男がいた。
それぞれが夕食後の一時を思うように過ごしている。

サンジは煙草を吸いながら素早く丁寧に皿を洗っている。
ルフィは広いテーブルに一人で座り、最後の一口を食べようかどうしようか迷って先程から唸っている。
ゾロはあぐらをかいて壁に寄りかかり、寝ているのか起きているのか、目を瞑って静かにしている。

ルフィの唸る声と水音と波の音だけが響いて、静かな空間を作り上げていた。


「・・なぁルフィ」

サンジが最後の皿を洗い終え、自分用にコーヒーを入れながら聞いた。

「・・・んー・・?あぁ〜食おうか食うまいか・・・?」

「とっとと食っちまえ、皿が片付かねぇだろ」

「だってこの船の食料これで終わりなんだろ〜?最後の一口かと思うと・・」

ルフィが先程から静かなのは食料不足が原因だった。

「全部てめぇのせいだろ、自業自得だバーカ」

「一口で行っちまうか・・・!」

ルフィはざくっと肉の塊にフォークを刺し、口に運んだ。
が、出した。


「汚ぇことすんなー!!!」


どがっ


後頭部への容赦ない踵落としによって、ルフィの頭が机にめり込んだ。
しかしルフィはものともせずにがばっと顔を上げた。

「なぁサンジ〜本当にこれで最後か?実はまだ残ってるのをオレに隠してるんだろ!?」

「ねぇったらねぇ!!」

ルフィはこの答えを聞いて、あっけなく崩れ落ちた。
この間もコーヒーを零すことなく立っていたサンジはルフィの対面に腰を下ろした。

「ったくうるせぇぞルフィ、何騒いでやがる」

ゾロはゆらりと立ち上がると、あくびをしながら伸びをした。
もちろん起きてなどいなかった。

「だってサンジが・・・!肉が・・!」

「てめぇはガキか!!」

二人の応酬を見てゾロはため息を吐いてから、ルフィの隣に座った。




サンジは短くなった煙草をもみ消すと、新しい煙草に火を着けた。
ルフィはフォークが刺しっぱなしになっている肉を見つめて、相変わらず唸っていた。
ゾロは眠そうにあくびをかみ殺した。

「ったく、最初に何言おうとしたのかすっかり忘れるとこだったじゃねーか」

「なんだ」

「ほら、こいつの兄貴、エースとなんで苗字が違うのかってこと」

「あぁ・・そういやそうだな。ルフィに兄貴がいるってだけで驚きだったから気がつかなかった」

「で、なんでなんだ?」

自分のことが話題になっているのに、ルフィは肉に気を取られていた。

「おいル・・」


「なんだ!?肉がまだ余ってんのか!!?」


「・・・いや、なんでもない」

ぎらぎらした目で睨まれたサンジは、そっと目をそらして立ち上がった。



「兄貴はポートガスで弟がモンキー、差がありすぎじゃねぇか?オレだったら兄貴を羨むね」

サンジは湯気の出る緑茶をゾロの前に置き、元の位置に座った。

「本人が気にしてないからいいんじゃないか?」

ゾロは早速緑茶をすすりながら横目でルフィを見た。
ルフィは黒いオーラを発しながら、肉を殺す勢いで睨みつけている。

「でもよー、モンキーだぜロロノアさん?ちょっと考えてみろよ、もし自分の苗字がモンキーだったら・・・」


――モンキー・ゾロ

猿の着ぐるみを被ったゾロが、ジャングルを背景にバナナの皮を剥いている。

『ウキ』



二人がはっと同じビジョンから我に返った時、サンジは床に突っ伏して声にならない悲鳴を上げた。

「・・・・ハッ、く、ぶはっ!!苦しっ・・・!ひっ・・・モッ、ゾロ!!?」
呼吸困難に陥っているサンジを、ゾロは苦々しげに睨んでいる。
が、別に怒っているわけではなく、サンジがあまりに笑うので自分が笑うタイミングを逃したことに苛ついているだけだった。

「お、お前、これ・・・!似合いすぎだ!!苗字いますぐ変えろ!!」

やっと笑いの波が収まりサンジがテーブルを杖に立ち上がった時、これまで黙っていたルフィが、急に口を開いた。



「じゃあゾロ、ヨメに来るか?」


がたんっ


思わず、ゾロが立ち上がった。
その顔はなんとも言えない表情でルフィを見つめている。
サンジも固まった状態でルフィを見つめている。

その場に不自然な沈黙が訪れた。
ルフィは、やはり肉を見つめたまま黙っている。


「ま、待て待てルフィ、どこからツッコンでいいのかオレにはわからねぇ。ウソップ呼んでくるからちょっと待ってろ!」

先に我に返ったサンジが慌ててウソップを呼びに行こうとしたのを、ゾロが止めた。

「ちょっと落ち着けエロコック」

「エロは余計だマリモ」

「いいから黙って座ってろ肺ガン素敵眉毛」

「アァ!?オレの肺のどこがガンだってんだコラ!てめぇの肺よりゃよっぽど綺麗だ!!」

「・・斬って確認してみるか?」

「おーおー上等だ、口から肺出させてやんぜ」

ゾロとサンジがテーブルを挟んで睨みあう。
ぴんとした空気が張り巡らされた、と思った瞬間、サンジが噴きだした。

「ぶっ!!モンキー・ゾロ・・・!!やべぇ止まんねっ・・・」


「船長!ホントにこいつ斬っていいか!!?」

腹を抱えて笑うサンジに、今度こそゾロはキレた。
ルフィは少ししてから横にいるゾロを見上げると、空ろな視線をサンジに向けて、口を開いた。



「じゃあ、サンジもヨメに来るか」



「やっぱウソップ呼んで・・・!!」

「待て!ルフィのこの調子じゃウソップまで被害者になりかねないから止せ!」
青い顔をしてキッチンから離脱しようとしたサンジを、ゾロがドアまであと一歩のところでがっちり捕まえた。

「離せ!ここにいたくねぇ!!」

「一人だけ逃げようってのか?」

二人とも海兵に取り囲まれた時よりも切羽詰まった顔をしている。
サンジは後ろからゾロにホールドされても、抵抗できるだけ抵抗した。
しかし力でゾロに敵うはずもなく、しばらくしてから人生を諦めたように身体から力を抜いた。

「・・わかったから離せ。じゃあ、あのルフィどーすんだ?」

「どうもこうもあるか」

二人は奇妙な体勢のままこそこそと作戦会議を始めた。

「どうにかしねぇと被害者が増えてくばかりだぜ、もしナミさんやロビンちゃんにまでと思うと・・・あぁ・・・!!」


「・・・よし、とりあえず肉からこっちに注意を逸らすぞ」

ゾロはサンジから手を離すと、そっとルフィの対面まで歩いた。

「なぁルフィ」

「・・・うん」

「なんで嫁なんだ?」

「・・・んー?・・うん」

「まずオレとコックじゃ嫁は無理だろ?」

優しく諭すようにルフィに話しかけるゾロに、横で見ているサンジの喉がごくりと鳴った。


――お前のそのツッコミも意味わかんねぇよ・・・・!!


「それにな」

サンジが急いで後に続いた。
ゾロは全く役に立たないと判断したようだ。

「嫁に行く意味がわかんねぇよ・・、なんでいきなり嫁なんだ?」

ルフィがふーっと長いため息を吐いた。
自然とゾロとサンジの身体に緊張が走る。
長年の経験が、今のルフィは危険だと告げていた。

長い沈黙の後に、ルフィは心底不思議そうな表情で顔を上げた。

「お前らバカだなー。サンジがオレの嫁に来たら、苗字が変わるだろ?」

サンジがルフィの嫁になると。





緑の生い茂るジャングルを抜けると、小さな泉に出た。
そこには大型の猿が2匹、食料を洗っているところだった。
右には緑がかった毛並みの大柄な猿。
そして隣にいた金髪のくわえ煙草の猿が顔をあげる。

『ウキ?』


――モンキー・サンジ



「モッ、モンキーサンジ!!っ・・・!ぶはっ・・・・!・・・・・!!!」

ゾロが倒れた。
もんどりうって身体を震わせている。
サンジはこめかみに青筋を浮かべつつ、さっきの自分を思い出して、少しだけ我慢してやることにした。

「お前の言いたいことはわかった、わかったが、なんでオレ達の苗字をモンキーにする必要があるんだ?」

サンジが発したモンキーという言葉に、ゾロの笑いがキッチン中に響き渡った。
クソマリモをシメる前に、ルフィを片付けよう。
サンジは沸騰しかけた頭で冷静に判断をした。

「お前らオレの苗字が気に入ってその話してたんだろ?」

「違ぇし」

「この方法ならスムーズにコトが運ぶと思ったんだけどな。にしても・・・」

サンジの素早いツッコミも、今のルフィには効かなかった。
その間に回復したゾロは、サンジをなるべく見ないようにしながらよろよろと立ちあがった。

「モンキー・ゾロにモンキー・サンジ、か」

ルフィは腕を組んで目を閉じ、考えるポーズを取った。


「馬鹿みてぇだな!」


ルフィは満面の笑顔で二人を見上げた。


「馬鹿はてめぇだ!!!!!」


ゾロとサンジのツッコミが見事にハモった。

「自分の苗字だろーが!!」

「っていうかもう肉食え!!」

「ぎゃー!?何すんだサンジ!むぐっ」


ごっくん


「あー最後の肉がー!!?味わって食おうと思ってたのにー!!?」

「元はと言えば、この話題を持ち出したのてめぇだろエロコック!!?」

「知るか!!オレは悪くねぇ!!!」

3人は泣きそうというより、すでに半分泣きながら喧嘩を始めた。
すでに、どうしてこうなってしまったのか説明できる者はその場にいなかった。




「さて、そろそろ止め時ね」

キッチンの外には残りのクルーが全員固まって、窓から中の様子を覗いていた。 賑やかな声に惹かれて来たが、中の異様な空気に入ることが出来ず、チョッパーはウソップを呼びに行った。
その間に来たナミとロビンによって、いちいちツッコミに入ろうとしたウソップが足止めされていた。

「ルフィも元に戻ったみたいだし、これで私達に被害はないわね」


――自分に被害がなければいいんだ!!!


チョッパーがショックを受けている横で、ナミは颯爽とドアを開けた。

 

2004/11/16

 

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