都会 ( まち ) に咲く花

 

 

ゾロは弱冠19歳にして社長を務めている。
友達と遊び半分で起こした会社だったが、事業はたちまちの内に波に乗り、
大学にも行かず不眠不休で走り回る毎日が続いていた。
体力自慢のゾロにも、限界が見え始めていたそんな時だった。


あいつに出会ったのは。

 

他企業への外回りで疲れ果てていたゾロの目に、小さな公園が映った。

――ちょっと休むか

日なたで暖かそうにしているベンチを見た途端に押し寄せてきた眠気に負けて、
ゾロはベンチに横たわった。

急に寒気を感じて目が覚めたゾロは、
一つ伸びをしてからあたりが赤く染まっているのをぼんやりと眺めた。

「・・・っておい!」

叫びながら慌てて身を起こしたゾロの上から、何かがずり落ちていった。


「なーんだ生きてたのか〜」


ゾロが落ちていった物を拾うよりも一瞬速く、別の手が伸びてそれを拾った。
顔をあげたゾロの目の前で、黒髪の少年がジャンパーに腕を通している。

「そりゃ、オレのことか?」

「他にいないだろ」

少年はジッパーを上げながら、しししっ、と不思議な笑い声をあげた。
目の前の少年の夕日に照らされ真っ赤になっている健康そうな顔色と、今朝鏡に映っていた自分の顔色を思い浮かべて比べるまでもなく青白い自分の顔色に、ゾロは苦い溜息を吐いた。

――それにしたって死人にまで間違われるとは・・・

ゾロはそこでふと、少年の着ているジャンパーに目がとまった。

死んでる奴に上着を掛けるかフツー?

ゾロは、ポケットに両手を突っ込んでにこにこ笑いながら自分を見ている少年を見つめた。
だいたい、全くの赤の他人に自分の上着を掛けるか?

「おい・・・」

「ところであんた、これからヒマ?」


「いや・・・・・」


いつからいた? と聞こうとしたゾロは、少年の言葉に行かなければならなかった会社のことを思い出した。

「仕事?」

少年はゾロに目線を合わせながら聞いてくる。

「いや」

腕時計は待ち合わせの時間を大幅に過ぎた所を指し示していた。
今更行っても誰もいないだろう。

「遊び?」

「・・・・・いや」

遊びどころかこれから詫びの電話をいれなければならない。
ゾロは肩を落として深く息を吐いた。

「なんだそりゃ?結局ヒマじゃねぇか!」

少年はおかしそうに笑うと、ポケットに閉まっていた両手を出してゾロを無理矢理立たせた。

「んじゃ行くぞ!!」

 

そうして連れて行かれたのはすぐ近くの大きな温室だった。

この付近を自分の庭の様に思っていたゾロは、ビルとビルの隙間に隠れるようにして建っている温室にかなり驚かされた。
その存在を知らなかったことにも驚いたが、少年がそこに住んでいると聞いて、更に驚いた。

このビル街の只中にあって優に100坪はありそうである。
普通の一軒家の三倍はあるだろう。

中は高い天井いっぱいに青々と葉をしげらせた植物で埋まっている。
植物達の奥には、いくらかの家具が置かれていた。

ただ不思議なことに、花だけは一つも見当たらなかった。

 

――いや、ひとつだけあるな

少年 ―ルフィ― は常に自然にそこに存在していた。

人に警戒心というものを感じさせない不思議な少年だ。

かくいうゾロも、初めて会った時なぜ大人しく連れていかれたのかわからない。
なぜだか掴まれている腕をほどくことができなかった。

それになぜルフィが自分をここに連れてきたのかもわからないのである。
ゾロはこの温室に自分以外の人間が来るところを見たことがない。

ルフィに聞いても的外れな答えが返ってくるだけだった。

(最初は聞かれたくなくてはぐらかしているのかと思ったゾロだったが、それがどの会話においても常にそうだったため、今では認識を改めている)

誰も来ることのない温室で、一人静かに住むルフィはまるで花のような印象をゾロに与えた。
ゾロがいつ行ってもルフィは必ず温室にいて、笑ってゾロを迎え入れる。
ルフィが笑うとあたりが明るくなり、華やぐ。
その表情はいつ見ても飽きる事無く変わり続け、疲れたゾロの心を癒していった。

「・・・人よりも植物に近ぇな・・・」

「なんか言ったか〜?」

「何でもない・・・・」

ゾロはルフィの膝の上でゆっくりと、再び温かい眠りの世界に戻っていった。

 


最初に彼を見た時、死んでいるのかと思った。
顔色は悪いし、なにより厳しい表情をしていたからだ。
近寄ってみてすぐに生きていることはわかったが、いくらよく晴れた昼とは言えもう11月。

――こりゃ死ぬな

そう思ったルフィは、相手の肩を軽く叩いてみた。
が、起きる気配はない。
どうしようか少し考えてからルフィは、自分のジャンパーを脱いで彼に掛けると、ベンチの正面にあるブランコに座った。

あたりが赤く染まり始めた頃になって、くしゃみを一つして彼は目覚めた。
そしてそのまま寝起きで事情をつかめない彼を、無理矢理温室へ連れていった。


「お前ひとりでここに住んでんのか?」

彼は一通り温室を見終わると、天井からルフィに目を移して聞いた。

「おう!あとおれはルフィだ!よろしくな!!」

ルフィはそう言うと、元気よく手を差し出した。

「ああ、オレはゾロだ」

ゾロも、社会に出て以来生まれた条件反射で、素早くルフィの手を握った。
(危うく、お釣りを渡そうとしたレジの店員の手を握りそうになったこともある)

ルフィは握り返してくれた喜びからぶんぶん腕をふると、手を振っているままの勢いで喋りだした。

「次からはここで寝ろよ!外さみぃだろ」

そう言うと彼は、

「ありがとな」

と言って照れたように笑った。
その顔が随分と幼く見えて、印象深く残っている。

 

――ま、実際オレと二つしか変わんなかったけど

自分の膝の上で眠っているゾロの額をそっとなでると、ルフィは声を立てないように笑った。
最初見た時から随分と寝顔を目にしてきたが、どんどん優しい顔になってきている。

――なーんで連れて来ちゃったかな〜?

ルフィは、よくわからないが、ゾロを見た時に何かを予感した。
ともかくこいつは必要だ、と思ったのだ。

今ではそれは確信に変わっている。
ただ何に対してか、と聞かれると答えることはできない。

「―――――−・・・・・・」

「ん?なんか言ったか〜?」

「何でもねぇ・・・・」

ゾロはうっすらと開けた目を閉じると、またすぐに寝息を立て始めた。

ルフィはなんだか嬉しくなってしまい、にやにや笑いながらゾロに軽くでこピンをした。
ちょっとやそっとのことでは起きないのは、最初会った時に実験済みだ。

 

君がこうしてここにいてくれることが、こんなにも嬉しい。
嬉しさで、喜びで、満たされる。
見えない毛布でくるまれているかのように、温かくなる。


―― きみが いてくれて よかった

 

 

 

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