水の流れと人のゆくえ

 

 

ばたんっ


男部屋のドアが乱暴に閉じられた。

その音に目を覚ましたのは、男部屋を独占していたゾロ。


「ちょっと暗いわよこの部屋、電気点けてよ」


ナミがびしょぬれの体で、手や足の水を払いながらソファに横たわるゾロに鋭い視線を向けた。

「雨か?」

ゾロは水の気配にむくりと体を起こすと、そのままソファに深く座り込む。
どうやら電気を点ける気はないらしい。

一本だけ灯されているろうそくは、人の気配にゆらゆらと揺れている。


「いきなりの雨よ。信じらんないさっきまであんなにいい天気だったのに!」

「へぇ。お前にも読み取れないことがあんだな」

ナミは上着の裾をぎゅっと絞った。
絞ったところからは滝のように水がこぼれ出ている。

「違うわよ!グランドラインの雨が突然すぎるのよ!!あ〜、干そうと思って服洗ってたのに、全部おじゃんだわ・・・!」

「で、なんでここに来たんだ?」

ナミは足元にできた水たまりを忌々しげに見下ろすと、ため息をついた。

「水浸しの状態で私の部屋やキッチンにいったら、部屋が湿気ちゃうじゃない」

「おい」

女尊男卑だ、と口に出しかけてゾロは止めた。

ナミが仕方なさそうに上着を脱いだからだ。ゾロがいることを全く気にしていないのか、あっさりと脱いでしまった。

薄暗い部屋に、ぼんやりと光るナミの肌が現れた。
ゾロの目は自然と、ナミの柔らかそうな胸を支える黒い下着に惹きつけられる。


逆セクハラだ、と思ったが口には出さなかった。


「なんか上着貸して。この際誰のでもいいけど、なるべく清潔そうなのでお願い」

脱いだ上着を絞っているナミを背に、ゾロは立ち上がると洗濯済みの服の入っているかごを開けた。

底にサンジのシャツが一枚入っているのが見える。
男部屋でまめに服を洗濯するのはサンジくらいで、他の男どもは最後の一枚を着たその日に今まで着た全ての服を洗濯する。
どうやら今日がその日だったらしい。

ゾロは眉をしかめてサンジのシャツを睨むと、それを取り出さずにかごを閉めた。


「悪いがこれで我慢しろ」

そう言うと同時に、今自分が着ている上着を脱いでナミに投げた。

ナミはそれを受け取ると、さっさと腕を通す。

ゾロの上着は、ぴったりナミのスカートを覆い隠した。
ずいぶんだぼついていることを気にしなければ、真っ白いワンピースのようだ。

「まったく!洗ってある服が一枚もないなんてどういうことなの!?」

「文句があんなら着るな」

ゾロはどっかりとソファに座った。

「どうもありがと、一応言っておくわ」

ナミもその横に座ると、おもむろにスカートを脱ぎはじめた。

「・・・おい」

「何よ」

スカートを絞ると、これまた滝のように水がこぼれ落ちた。
ナミはソファの横にある樽に、さきほど脱いだ上着も一緒にきれいにしわを伸ばして干した。

「なんでもねぇよ・・」

ゾロは大げさにため息をつくと、目を閉じた。

 

 

 

 

上着から漂うゾロの匂いが頻繁に鼻腔をかすめる。


ナミはなんとなくここへ来たことを後悔した。


横では上半身裸のゾロが眠っている。

太い腕。筋肉によって覆われた硬い体。身長も高くて、当然のように強い。

当然ではなく修行の結果だということは知っているが、男は強くて当然という認識がナミにはあった。


それは、やはり自分が男だったら、ゾロと同じように毎日強くなるための修行を欠かさなかっただろうと思っているから。


毎日毎日修行して、大切な人を守れるように、守り抜くために。

今はもうこの男たちによって救われてしまったけれど。

助けてもらって言える義理ではないが、少し悔しい。

自分がもっと強ければ、自分が逞しい男だったなら、村はもっと早くに平和を取り戻せたかもしれない。

その自分の理想の姿が目の前にあった。

 

 

 

「いいな」


ナミは驚いて顔を上げた。眠ったと思っていたゾロの目が、鋭い光を灯してこちらを向いている。

「お前が俺の上着を着ると、こんな感じになるんだな」

ゾロはそう言うと、短い丈からすらりと出ているナミの太ももに手をやった。
そのままナミの横腹を撫で上げる。

そして意外に器用な手付きで、下着のホックを外していった。

ナミは真剣に自分の体を見つめるゾロの顔を、ぼんやりと見ていた。

 


――でも違うのだ

理想とか、憧れとか、そんなものはとうにあの男によって打ち破られてしまった。
そしてこの剣豪も、ナミと同じその理由でこの船に乗っているはずだ。

 


いつのまにかソファの端に追い詰められている自分の体に、ナミは違和感を覚えることもなく、いつものようにゾロの首に腕を回した。

「あんた、絶対世界一の剣豪になりなさいよ」

「あぁ?」

ゾロはナミの体をたどっていた顔を上げて、何言ってんだこいつ、という目でナミを見たが、すぐににやりと笑った。

「当然だろ」


「そうよ。そして当然みたいな顔して、海賊王の横に立つのよあんたは」


「・・・もう黙っとけ」

強くまぶたを閉じてしまったナミにゾロは苦いため息をつくと、ゆっくりと口付けた。
唇をなぞるように舌でたどる。

やっと開いた唇からは、うめきとも取れる声が掠れ出た。

 

03/6/29

 

BACK