かみのゆみはり

 

 

ナミは見張り台の上で静かにラム酒を飲んでいた。

きぃ

波音にまぎれて木造のドアの開く音がした。

下に目をやれば、少しふらつきながらもまっすぐに台所を目指すルフィが目に入った。

上に目をやれば、真っ黒い空に白く無数の星が輝いている。
月は、線ほどの細さにあって明かりを灯していた。

「ずいぶん頼りない月ねぇ」


ばちーん


・・・ばたんっ

どかどか

「このクソゴムいー加減にしやがれ!!」


サンジ君はあんなに毎日怒鳴ってて、のど大丈夫なのかしら。
煙草も吸ってるし。

ナミは飲みかけのグラスを床に置くと、キッチンへと降りていった。

 

 

 


「もうしません」

「そう言ってから何度目だこのアホ!!」

キッチンのドアを開けると、特大ねずみ取りにかかっているルフィを容赦なく足蹴にしているサンジが目に入った。
さきほど起きたはずなのに煙草にもう火が点いている。
薄暗いキッチンでその光は煌々と光っていた。

「サンジ君、もうそれぐらいでいーわよ」

サンジはさっきまでの険しい顔をこれでもかというほど優しい顔に変えてナミを振り返った。

「ナミさんがそう言うなら・・・。てめぇナミさんに死ぬほど感謝しろよ!!」

「仕掛けは私が外すからサンジ君はもう寝て。明日はちょっと忙しくなりそう」

サンジはルフィの頭に乗せたままになっていた足でもう一度ルフィを蹴った。

「ナミさんおやすみ」

そしてにっこりと微笑んでから、静かにキッチンのドアを閉めた。

 

 

 

仕掛けにはまって動けないルフィを見下ろす。

「ナミ〜これ外してくれ〜」

ルフィはうつぶせの状態でなんとか動こうとしているが、体全体を押さえつけられているためどうにかなりそうにもない。

「ねぇルフィ」

ナミはしゃがみこむと、麦わら帽子のないルフィの頭を優しくなでた。
ルフィはまだじたばたしている。

「愛してる」

「何を?」

ルフィは顔をあげようとして中途半端な位置に首を持ち上げた。
ちょうど見えるナミの胸元に目を注ぐ。

「あんたをよ」

相変わらずナミはルフィの頭をなでつづけている。


「おれはそんなことより肉が食いたい!」


ルフィははっきりと言うと、また仕掛けのバネをなんとか外そうと動きはじめた。

「愛してるのよ」

ナミは独り言のように声を出した。

「ナミ!早くこれ外してくれよ!そしたら肉わけてやるからさ〜!」

ナミは静かに微笑んだ。
ルフィに覆いかぶさるようにして、ルフィの頭を胸に包み込む。

暗く暖かい場所で、ルフィはナミの心臓の音を聞いた。
自然と目を閉じる。

波の音と鼓動以外、何も聞こえない。

 

「破裂しそうだ」

 

「もうしてるわ」

ナミはすっと立ち上がると仕掛けを解いた。
ルフィは体を伸ばすとすぐに冷蔵庫のドアを開け、顔を突っ込んだ。

「全部食べたら殺すわよ」

新しいグラスになみなみとラム酒を注ぐと、ナミはキッチンのドアを開けた。

「なんだよナミ、食べないのか?あ、いや食べろと言ってるわけじゃねぇぞ!」

ルフィは口をもぐつかせながらナミをふり返る。

「いらないわ」

後ろをふり返らずに、ナミは静かにドアを閉めた。

 

 

いまだ細く三日月とも呼べない月を見上げる。

「満月までは遠いわね」

ナミはグラスに口をつけた。

「満ち足りるまであと何日かしら」

グラスの端を噛んだまま呟く。
しかし考える気など更々ない。

グラスを一気に傾けた。
口の端から溢れた琥珀色の水が滴りおち、静かに床に吸い込まれていった。

 

 

 

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