君を愛してる
雪の降り積もる音が聞こえるくらい、静かな夜が降りてきた。 ふいに沈黙は破られる。 「ね、クリスマスって何だか知ってる?」 ひたすら手元の作業に没頭しながら、ナミは言った。 定規やコンパスも使わずに、正確な直線を紙の上に幾重も描いていく姿は、キャンバスに絵の具を塗り重ねていく芸術家のようだ。 ウソップもまた手元の作業に没頭しながら、一応考えるふりをした。 「知らねーなぁ。場所の名前とかか?」 一応考えるふりはしたのに、ナミはさもバカにしたように上目遣いでこちらを見る。 そのイジワル魔女な表情を描いてやろーかな、とウソップは一瞬思ったが、後々のことを考えてやめることにした。 スケッチブックの中のナミは、柔らかい表情で地図を描いている。 「クリスマスってのは昔の預言者の誕生日で、それをお祝いする日なの。家族や恋人同士で静かに祈りを捧げたりするのよ」 「へー、知らなかった」 今の答えはお気に召さなかったらしい。ナミの表情がさっきよりもイジワル魔女になってきた。ウソップは挽回すべく、慌てて質問した。 「そ、それでっ!その日はいつなんだ!?」 今の質問は核心を突いた良い質問だったようだ。ナミは満足気に頷いている。 「あんた、クリスマスも知らないなんて田舎者ねぇ」 頷きながら、余計なことまで言ってきた。 「おれは海に出るまで、村から出たことなかったんだから仕方ねーだろ!」 ナミやロビンのように、色んな知識を身に付ける必要がなかったのだから仕方ないのだ。 でも、それが恋人同士のイベントに関する日ならば、サンジも知っているかもしれない。 それにしても、預言者の誕生日なんて自分には関係のない日だ、とウソップは思う。 ただ、ナミの機嫌を損ねるのは賢いやり方ではないだろう。作業に没頭しながらも、ウソップは質問を続けた。 「それで、そのクリスマスってのはいつなんだよ?」 「今日なの」 遠くへ放り投げるように、ナミは答える。 「へー・・・・・へー!へー!今日なのかぁ!そいつはおめでたいな!うん!」 ウソップは両手で机をバンバン叩いた。 うっかり聞き流しそうになったのを誤魔化せたと思ったが、失敗したようだ。ナミは両腕を投げ出して叫んだ。 「どこがよ!クリスマスに私はあんたと二人きりでこもってんのよ!」 そんなの知らなかったんだから仕方ない。完全なとばっちりだ。 「家族と過ごす日でもあるんだろ?仲間は家族みたいなもんじゃねーか。だから良いと思うん、です、けど・・・・・」 魔女の冷たい視線に射抜かれて、ウソップは凍りついた。 もっとうまく誤魔化せば良かった、とウソップが後悔している間にも、ナミは叫んでいる。 「あー!素敵なクリスマスが過ごしたかったわ!」 ルフィを呼んでこようか、と一瞬思ったが、後々のことを考えてやめることにした。 そうだ、話題を変えよう。 「その預言者が何を預言したのか気になるなぁ!ぜひ教えてください!」 必死な様子のウソップをじろりと見てから、ナミは肩をすくめた。 「隣人を愛せ、とか何とか言ってたみたいね」 「それは素晴らしいぃ!でも、ナミに最も似合わない言葉だな!」 途中までは調子が良かったが、調子に乗りすぎて本音が出てしまった。思わず防御体勢を取ってしまう。 「あら。私、いつだって人に助けられて生きてきたんだもの。感謝してるのよ」 予想外に明るい調子の言葉が返ってきた。 頭にかぶせた両腕をそろそろと解いてナミを見る。怒っているようには見えない。 「お前にしちゃあ、殊勝な考えだな」 軽口を叩いてみても、ナミは反撃してこない。心なしか目元に魔女の名残が残っている気がするが、涼しい顔をしてこちらを見ている。 安心したウソップは、次の瞬間にくる衝撃の準備が出来ていなかった。 「ウソップだって、私には必要なの。私のそばにいて欲しいのよ」 「お、お、お前!何か企んでるな!?」 ナミの声音は真剣そのものに聞こえたが、驚いたし、照れくさいしで茶化すようなことを言ってしまった。 これでは、せっかく直った機嫌が悪くなってしまうかもしれない。でも、ナミは少し微笑んで首を傾げただけだ。 いつの間にか二人の手は作業を止めている。頭が回らなくなっているウソップは、一応考えるふりをしてから言った。 「あー・・・おれにもナミが必要だな。この船には航海士が必要だからだ。そんで、その航海士はお前じゃないとダメなんだ」 ナミは見開いた瞳を細めて、照れ隠しに横を向いているウソップを見た。 「私たち、両思いね?」 「そうだな」 ウソップは真剣に頷いた。 「私たち、クリスマスに二人きりね?」 「そうだな」 ウソップは深く頷いた。 「ね、君を愛してるって言ってみて」 「お前、いいかげんにしろよ」 思わずナミの方を振り向いてしまったウソップは、げんなりした表情をつくった。 ナミは猫のように瞳を細めて、ニヤニヤしている。 「あんたの描いた絵に『愛した人』って名前付けなさいよ」 「・・・それもいいな」 ウソップは首を振りながら視線をスケッチブックに戻すと、また作業の続きに戻っていく。 先ほどの決め台詞は、いつかルフィが言っていたことをパクったせいか上出来だったな、と思いながら。 イジワル魔女には言わないでおくことにしよう。
キッチンの中では、鉛筆が紙を擦る音が二つだけ響いている。 時々、鉛筆の音は一つになる。 それはウソップがモデルと絵を見比べる時、ナミが一瞬ウソップの顔を盗み見る時に、音高く響くのだった。
03/12/27
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