あなたの目が好き。
髪を切る
「髪、大分伸びたんじゃない?」 「そうかー?」 いつもの特等席を陣取って、メリーと一体化しているルフィを肘ついてナミは見上げた。 普段から手入れしていない猫っ毛が、肩に着くか着かないかぐらいでハネている。 確かにうなじの辺りの後れ毛が目立ってきているようだ。 「前髪なんか見ててうっとおしいのよ。切ったら?何ならあたしがやってあげてもいいけど?」 「『ただし10万ベリーv』とか言いそうだからヤダ」 相変わらずルフィの視線は、船首と一緒にこの船の進む先を見つめている。
「……言って欲しいの?」 「なんだー。じゃタダでやってくれんのか?ありがとう!」 突然背中ごしにニカっと笑ったルフィを見て、ナミは一瞬目を見張ったが、つられるように微笑んだ。 「私のハサミとタオルの貸し賃、3万ベリーにまけとくわ」
というワケで、ここにサロン・ド・ナミinGM(仮)が開店されることになったのだった。 場所はゴーイングメリー号船首わき。 体育座りのルフィの後ろで、崩した正座の体勢のナミは首にタオルをかけようとしている。 が、 「アンタちょっとはじっとしてらんないの!?」 カリスマ美容師はかなり怒っているようだ。 それもそのはず、この客の落ち着きのなさと言ったら小学生並みである。 タオルを首にかけようとすればキョロキョロと周りを見渡す動きに邪魔される。 クシを通そうとすれば引っかかった痛さに飛び上がる。 長い間梳くことなどなかったルフィの髪にハサミを入れられる状態にするまでには、相当の努力と忍耐を必要としたようだ。 そして、やっとカットを始めようとした途端ガクっと首が前に落ちた。
「だってよー。頭触られてたら眠くなってきちゃったんだからしょうがないじゃん」 ナミは切れた。 「イイ!?今度邪魔したら1回につき10万ベリー請求するからね!!」 ゴン! やっとルフィは大人しくなったようだ。
しゃきしゃきしゃきしゃきしゃきしゃきしゃきしゃき。
ハサミの音が小気味良く耳に届く。 カットはやがて最後の仕上げに入りやがて、完成した。 切った髪を落とすためにナミは髪を指で梳いた。 さっきまでルフィの一部分だったものが甲板にサラサラと影を作っていく。 ゴワついた髪からは海風の匂いがした。
「ルフィ?」 始めのうちはあれだけ落ち着きのなかったルフィが、いつの間にか静かになっている。 さっき力入れすぎたのかしら? ナミは少々不安を感じ、ルフィの顔をそっとこちらに傾けた。
コトン。
「きゃっ…」 「すーすー」 ルフィは気持ち良さそうに寝ていた。 腹が立って何か言ってやろうと思ったのも一瞬のことで、ナミはじっとルフィの寝顔に見入っている。 あまりに穏やかなその顔に毒気を抜かれたようだ。 「まったく!ホント抜けた顔してるわよねーコイツ」 目元に落ちている髪を指先で撫でる。 「寝てたらせっかく前髪切った意味、ないじゃない…」
ナミはルフィの目が好きだった。 夢を追いかけるルフィの目は光る星をいくつも宿しているかのようだ。 怒りに燃える時、その目には炎がちらちらと舞っているかのようだ。 人を見る時、その目は見る者をまっすぐに射抜くかのようである。 あの目で見つめられたら、どんな者でも自分の本性を見破られたと思い彼を攻撃するか、反対にひれ伏してしまうに違いない。 恐ろしいことだけど。
いつも自分の気持ちに正直でいたい。 私が心からの気持ちで動いているか、ルフィに確かめていて欲しい。 いつの頃からか、自信をなくした時はルフィと目を合わせるようになっていた。 そうして何も言われないことが、ナミに自信を与えてきたのだ。
「……いつ起きるつもりなのかしら」 ナミの膝の上で熟睡するルフィを、午後の陽が優しく暖めていた。
「っふあ〜!!よーくー寝ーたぁ!!……あれ?あれあれ??」 目を覚ましたルフィが見上げた先には、船を漕いでいるナミがいた。 「ん〜???あ〜?そうかー!コイツ髪切ってる間に寝ちゃったんだなウン。まったく子供だなぁ」 自分のことはかなり高い棚に上げて、一人納得している様子のルフィである。 「でもこれじゃ首痛いだろーなー。……これでよしっと!さぁてもうひと眠りするか」 そしてまた寝入ってしまった。 船長、今日は寝曜日とでも決めてしまったのだろうか。
そして、夕日が甲板を薄いピンクに染める頃、 サンジが夕食の準備が出来たことをクルーに知らせに行こうと考えている頃。 熟睡するルフィの膝の上で、再び動くに動けない状態のナミの姿があった。
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