ハート
穏やかな海の上に、一隻の船が浮かんでいる。
暖かな陽射しに船首の羊も気持ち良さそうだ。
がっしゃーん!
何かが割れる音とともに、怒号が聞こえてきた。
音源はキッチン。
「こんのアホゴム!この皿は俺がレディから頂いた大切なもんなんだぞ!?」
コックは割れた皿を手に、素晴らしい軌跡を描いてかかと落としを船長に食らわせた。
「ゴ、ゴヴェンヴァサイ」
船長はつぶされたまましっかりと謝った。
「で、ここで塩コショウと・・・」
「塩胡椒は下ごしらえの時にだ遅ぇんだよ!煮て食っちまうぞトナカイ!」
「野菜切り終わったぞ」
「繊維がある野菜は繊維と垂直に切るんだよこのクソマリモが!やり直せ!」
「料理もアートだからな!アートなら俺に任せとけ!」
「ってアホが長っ鼻!作ってる最中にアートしてどーすんだ盛ってからアートしやがれ!!」
今日のゴーイングメリー号のキッチンには、コックであるサンジの代わりに普段そこに立つことのない男衆4人が立っている。
そのおかげで、キッチンはいつもよりも騒がしいうえ狭いことこの上ない。
その後ろでは女性2人がテーブルに座って苺のへたを取ったり切ったりしている。
「ちょっとサンジ君、あんまりうるさくしないでちょうだい」
ナミが見かねて声をかけた。
実は、さきほどから騒がしくしているのはサンジだけで、ほかのクルーは慣れない料理に真剣に取り組んでいる。
ただ、サンジが後ろからちゃちゃを入れ続けているため作業がちっとも進まないのだ。
他人に口出しされることが嫌いなクルー達は殺気を放ちはじめている。
「言いたい気持ちもわかるけど、それじゃいつまでたっても終わんないわ」
「でもナミさん、あいつらひどすぎるんですよ〜!」
サンジは後ろをふり返り、これでもかというオーバーリアクションで嘆いてみせた。
ルフィはサンジの注意が逸れた隙に、ウソップとチョッパーに何か耳打ちしている。
「料理人の俺としては黙ってられないんです・・・!」
サンジは身体をよじりながら、苦悶の表情を作った。
「今だ!!」
ルフィの声と共に白い物がサンジ巻きついた。
「んなっ・・・・!」
そして見る間に包帯でぐるぐる巻きにされたサンジが出来上がっていた。
手先が器用なウソップと、巻きなれているチョッパーの見事な連携プレーである。
「これでよしと」
「エッエッエッ」
2人とも満足気だ。
「ばべんぶぁ!!ばぶばばばばばば!!」
包帯は口に重点を置いて巻かれているため、声がこもってしまってサンジは喋ることが出来なくなった。
もちろん口だけではなく足や手などにもきつく巻かれている。
そのためバランスが取れずにしりもちをついたサンジを、ゾロが邪魔にならない冷蔵庫の前まで運んで座らせた。
「大人しくしてやがれ」
ゾロは朝から我慢していた苛立ちが晴れたようで、すっきりした笑顔をサンジに向けた。
が、その笑顔が逆にサンジの気に障ったようで、サンジは無理矢理立ち上がろうとした。
「大人しくなさい」
ロビンは苺のへたを取りながらサンジに微笑んだ。
「ばぁ〜いぼびんぶぁ〜ん!!」
サンジはロビンの笑顔を前に、自然と足の力を抜いた。
「まったく・・・」
ナミは苺をきざみながらため息をついた。
「しょうがないわねサンジ君も」
しかし笑いを抑えることはできずに、そのまま苺でいっぱいになったザルを流し台へと運びながら男衆の中に紛れ込んだ。
「もう少し素直になったらどうかしら?」
きつく巻かれた包帯の結び目を、ロビンの咲かせた手がこっそりとほどいている。
「みんなは、コックさん、あなたのために料理してるんだから」
ロビンは流し台に目を向けた。
5人は狭いなか互いの料理にやじを飛ばしたり、ナミに小突かれながらも、押し合いへしあい楽しそうにしていた。
部屋には香ばしい匂いがただよい始めている。
「嬉しいんでしょう?」
そしてサンジに視線を戻すとにっこり笑いかけた。
サンジはというと、自由になった手で顔の包帯を取ろうとして、そのまま動きが止まってしまっている。
「ロビンちゃん・・・」
そのまま黙り込んでしまったサンジの、隠しきれていない顔は赤く染まっている。
「口に出さなくても顔に出てるわ」
ロビンはくすりと笑うと、咲かせた手でサンジの肩を優しく叩いた。
「しばらくはそのままでいたら?」
サンジはうつむくと、それからルフィの
「できたーーー!!」
という声が聞こえるまで暖かい陽射しの中で、煙草も吸わずに静かに座っていた。
「さぁどーぞ!!」
無理矢理上座に座らされみんなから口々に料理を勧められたサンジは、落ち着かない雰囲気を隠せないまま、とりあえず机に並べられた料理を見ている。
机の上には5品の料理が置かれているが、ナミとロビンが作った苺のタルト以外は、はっきり言って何がなんだかわからない。
サンジは料理とクルーを見渡すと、一つ呼吸をしてからフォークを手に取った。
「・・いただきます」
「あっ、それ俺が作ったやつ!ウマイだろ!」
一番手前の茶色い物体を食べたサンジにルフィが嬉々として叫んだ。
そのルフィは、ロビンによってしっかりと椅子に固定されている。
「てめぇは一度も味見してなかったじゃねぇか」
「んであんたはなんで一人で飲みはじめてんのよ!」
一足先に飲みながらつっこんだゾロにナミの鉄拳が下った。
「サンジ大丈夫か?あれだぞ、遠慮しなくてもいいんだぞ?」
その横ではウソップがバケツを、チョッパーが胃薬を手に、心配そうに見守っていた。
サンジは目を閉じ、ルフィの料理を堅い音をたてながら噛み砕いている。
「お前ら失礼だな〜」
ルフィは口を尖らせるとサンジを見た。
「ウマイだろぉ?」
そしてサンジが飲み込んだと同時に全開の笑顔で聞いた。
「あぁ、うめぇよ」
サンジは目を開くと、苦笑しながらルフィに答えた。
「えぇ!サ、サンジ!舌は大丈夫か!?」
好奇心からルフィの料理を口にしていたチョッパーが、驚きのあまりかなり失礼なことを叫んだ。
サンジはチョッパーの頭を軽く叩くとそのままもくもくと料理を食べ続けた。
ひどくカラフルな混ぜご飯に、切りすぎた野菜がたっぷり入ったスープ、黒くなっている焼き魚まで、サンジは大口で一気に食べ尽くした。
ウソップとチョッパーは呆気に取られて、ゾロは意外そうに、ルフィはうらやましそうにそんなサンジを見つめていた。
ナミとロビンは目で笑いあいながら切り分けたタルトを配っている。
「さぁどうぞ!私達が作った苺のタルトよ」
ナミはみんなに向かって手を広げてから、
「サンジ君ほどじゃないけど味は保証するわよ」
とサンジにウィンクを送った。
サンジはそれにでれっとした笑顔で応えると、瑞々しい苺がたっぷりと乗っているタルトをじっくりと眺めた。
そして紅茶を運んできたロビンにもにっこり微笑むと、タルトを丁寧に口に運んだ。
その横では男達による激しいタルト争奪戦が行なわれていた。
「本当にうまかったのかよ?」
その夜の見張り番はゾロだった。
「何がだ」
「決まってんだろルフィの料理だよ、あれは作ってる時から何がなんだかわかんなかったんだぜ・・・」
ゾロはずっと気になっていたのか、一服しにきたサンジのところまでわざわざ降りてきていた。
「あぁ、うまかったよ。みんな美味しかった」
サンジは海を見ながら煙を吐き出した。
そしてしばしの間ののちゾロの方を向くと、
「料理人に大切なのはな、心だ」
と言ってめったにゾロの拝めない顔で笑った。
「酒でも持ってきてやるよ」
サンジはくるりとゾロに背を向けるとキッチンに向かっていった。
ゾロは何とも言えない表情で、遠ざかっていくサンジの背中を見つめている。
「結局マズかったんじゃねぇか・・・・」
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