かくれんぼ

 

 

このGM号の中でできる遊びなんて、限られている。

第一にスペースの問題、そして老朽化の心配もしなくてはならないだろう。

なにしろこの船のクルーときたら、まずマトモではない。

缶蹴りで蹴った缶を粉砕する足の持ち主がいるかと思えば、鬼ごっこでは自分の腕を伸ばして捕まえる鬼がいる。

その鬼から逃げるために変形するトナカイがいるかと思えば、やたら長い鼻をもつぎりぎり人間(「おい!」)もいる。

そんな奴ら、ばかりなのだから。

 

ナミは怒っていた。

というより、怒っていない日の方がめずらしい。

しかし、今日はいつもより一段と眉間のしわが深いようだ。

『眉間のしわってクセになるのよ・・・』

しわを指で伸ばしながら、ナミは溜息をついた。

見上げた先には、メインマストの帆に開いた穴から顔を出した太陽があった。

そう、それはそれは大きな穴が派手にいくつも開いている。

どう見ても蹴り破ったか、パンチが貫通したようにしか見えない。

犯人たちは、すでに頭から白い煙をシュ〜シュ〜出して甲板に倒れていた。

「…あんたたち、今度船壊したらどうなるか・・・わかってんでしょうね?」

 

しかし、返事ができる者はなかった。

 

 

「痛えなぁ。あいつのパンチはマジで痛え」

「あの魔女は怒らせない方が無難だな!触らぬナミに祟りなしっだっ!」

「ナミ、本当に怒ってたな…おれ船壊さないようにするよ!でも、もう遊べないのかァ」

「怒ったナミさんも素敵だった〜vvv」

なぜか、船尾で反省会が行なわれていた。

ちゃんと反省している者は約1名のようだが。

 

「これからどうすればいいのかなァ。船を壊さないですむような遊びってあるのか??」

「それなんだよな、問題は。」

「おれは、船壊さない自信ないぞ!(どーん)」

「てめー反省してねーな!怒ったナミさんも素敵だが、笑ったナミさんのがもっと素敵なんだぞ!!」

「それ関係あんのか〜?」

「ああっ、メロリンラーブ!」

サンジとルフィの意見は当てになりそうもない。

 

ところで船尾と言えば、ここはゾロの寝場所でもある。

チョッパーの目が輝いた。

「なあなあゾロ!!ゾロは何か思い付かないか??」

ゾロは、だるそうに半目でチョッパーを見た。

実はさっきから目が覚めていたのだが、関わらないのが一番、と思って狸寝入りを決め込んでいたのだ。

「さあ。特に何にも思いつかねーなぁ」

ゾロの返事はそっけない。

チョッパーは明らかに失望したようすで俯いてしまった。

「そっか・・・おれ、今まで年の近い友達なんていなかったから・・・・・・遊び方なんてわかんないんだ」

 

「・・・・・・チョッパー」

その場にしんみりしたようで、いくらか威圧的な空気が流れた。

 

「ゾロ、お前がそんなやつだなんて思わなかったぜ」

「そうだぞマリモ。チョッパーがかわいそうじゃねーか」

「あり?おれたち友達じゃないのか?仲間は友達じゃないのか??」

ゾロは、チョッパーの悲しげな表情に根負けした。

「わかった。おれも考えるよ」

 

 

「勝ぁーてうれしい、はないちもんめ♪」

 

甲板では、異様な光景が繰り広げられていた。

GM号の男どもが、腕を組んではないちもんめをしているのだ。

因みに、船長にかけられた賞金額は1億ベリーである。

「……負けーてくやしい、はないちもんめぇー…ラァー!!」

「ぎゃあー!!」

サンジの蹴りが、ゾロとウソップの顔の間を紙一重ですり抜けた。

「おい!クソコック、いきなり何しやがんだ!!」

「うっせークソ腹巻き!!てめーがさっきから後出しばっかりするからいけねーんだよ!!」

「ああ?てめーはガキか!?」

「てめーだろ!!」

「うっさい!!」

 

ゴン。

 

いつの間にかナミが二人の背後に立っていた。

ナミを見た瞬間、ウソップは腰を抜かした。チョッパーはガタガタ震えるルフィの後ろに隠れている。

「あんたたち・・・もう、次はないわよ・・・・・・」

ゆらりっ、と影を残してナミは船室へ戻っていった。

やはり、返事ができる者はいなかった。

    

 

「おれはもう関わらねーぞ!」

再び、船尾にて反省会が行なわれていた。

「てめーが提案したんじゃなかったのか?クソマリモさんよぉ」

「お前らが、無理矢理言わせたようなもんだろーが!」

「へー?それにしても、かわいい思いつきをするもんだぜ」

「・・・・・・おれの故郷じゃ、あれが普通の子供の遊びなんだよ。文句あんのか!ああ!?」

しかし、ゾロとサンジの一触即発の雰囲気に、ピリピリした空気が漂っている。

「ふ、二人ともォア!…あー、ゴホンっ。ここは穏便に行こう、な?」

声を裏返らせながらも、ウソップは健闘した。

 

 

「……きゅうじゅうはち、きゅうじゅうきゅう、ひゃくぅー!!よっし、野郎どもぉ、一分以内に全員見つけてやるぜ!」

甲板にサンジの声が響き渡った。

船のスペースを生かし、かつ穏便にできる―――

そう、彼らはかくれんぼをしているのだった。

鬼はジャンケンの結果、サンジに決まった。実は、サンジはジャンケンに弱い。

それもそのはず、一番初めにパーを出すクセに、全然気付いていないのだ。

 

「まず手始めに、みかんの木の後ろにいる・・・・・・チョッパー!!!」

ガサっ、と木が揺れ、後ろからチョッパーが顔を出した。

「な、なんでわかったんだ!?」

驚いているチョッパーに、サンジは呆れた顔で答えた。

「お前、さっきからケツが丸見えなんだよ」

 

「ルフィは、絶対あそこにいるに違いねぇ」

次にサンジが向かったのはキッチンだった。

「おーい、ルフィ。いるのはわかってんだ。出てこーい」

言いながら腰を屈めて、テーブルの下を覗いてみる。

「テーブルの下には…いねーな」

いくらルフィでも、そんなわかりやすい所には隠れないだろう。

「と、なると。残りは……」

サンジの視線は流し台の下にある棚に向けられていた。

「ここだぁー!」

 

果たしてそこには、元々入っていた食料で、腹をいっぱいにしたルフィが詰まっていた、

わけではなかった。

棚の中は何の気配もなく、ガランとしている。

つまり、中に入っているはずの食料もなくなっている。

「……あンの、クソゴムヤロー……!!!!」

 

☆サンジの思考回路☆

ルフィ→食い物→キッチン→食料置き場→何もない→ルフィが食った→殺

扉が壊れる勢いで、サンジはキッチンから飛び出して行った。

 

「……サンジ、本当に気付かなかったぞ。バカだなー」

「……だから、お前が言うなよ」

流し台の下から、ルフィとゾロの声が聞こえてきた。

 

狭くて暗い棚の中、男二人がぎゅうぎゅうになって隠れている。

ハタから見ると、笑えるというより、むしろ暑苦しい。

ルフィはともかく、ゾロにはかなり辛いものがありそうだ。

「もう、出てもいいか?このままだと窒息しちまうぜ」

「ダメだ!今出たら、見つかっちゃうかもしれないだろ!!」

「・・・ああ、そうかい」

 

 

時は遡って、サンジが甲板で百まで数えている頃。

ゾロはキッチンに向かっていた。

(めんどくせーから、とっとと見つかっちまおう)と思い、時間潰しのため酒を物色しに来たのだ。

「確かこの辺に入ってたはず・・・・・・」

流し台の下の棚に目をやった。

果たしてそこには。

 

元々入っていた食料で、腹をいっぱいにしたルフィが詰まっていた。

「おっ!ホロ!ひょほほひふぁふへふぇひふぁほは!!」

「わかんねーよ!お前なぁ、んな所にいても、どーせすぐ見つかるぞ」

「ほーは?」

「そうだ」

ゾロは隣の扉を開けて見つけた酒を、イスに座って飲もうとした。

「ゾロ!早く隠れねーと、サンジが来ちゃうぞ?」

素直に棚から出てきたルフィが見咎めた。ゾロはダルそうに言った。

「いーんだよ、別に。おれは早く見つかりてーんだよ」

「何言ってんだ!見つかったら鬼になっちゃうんだぞ!」

「あー?知らねーよ。そんなに隠れたいなら、さっきの場所に戻れ」

「お前がすぐ見つかるって言ったんだろー。早く隠れるぞ!船長が言ってんだぞ!!」

こんな時に船長の威光を出されても、正直困る。

 

「わかったよ・・・」

しかし、ゾロは結局ルフィの言うことに従ってしまうのだった。

 

では、なぜゾロは先程と同じ流し台の下に隠れたのだろうか。

 

「いいか、コックはこの棚を開ける時にいつも真ん中の扉を開けるんだ」

流し台の下には扉が3つあり、中で一つにつながっている。

「おー!そうなのか?」

長い間、同じ船に乗っていれば、お互いのクセも目につくというものだ。

サンジはキッチンに立っている時間が一番長いのだから、そのクセにゾロが気付くのも当然だろう。

ルフィはと言えば、素直に感心しているが。

「とにかくだな。両端に入ってる物をつめるか、別の食器棚とかに移しちまうんだ」

「それでそこに隠れるのか!ゾロ頭いーなー!…ん?でも両端の扉開けたら、すぐに見つかっちまうじゃんか!バカだなー」

「お前に言われたくねーよ!ま、そこんとこは大丈夫だ。最初に棚の中が空になってるのを見たら、キレてすぐに外に飛び出してくだろーよ」

と、いうワケで今に至るのだった。

 

棚の中には、沈黙が心地よく漂っている。

ゾロは普段も自分から話しかけたりはしないし、ルフィも決しておしゃべりな方ではない。

何となく二人とも黙ったまま、時間が流れていっている。

しかし、先に沈黙を破ったのはやはりルフィだ。

 

「なぁなぁ、ゾロ。もし、このまま誰にも見つからなかったらどうする?」

キッチンのドアだけでなく、棚の扉にも遮られ、外の様子は全く聞こえてこない。

そんな状況下で、こうした発想が出るのもわからなくはない。

「ずっとはねーだろ。アホコックだって、そろそろ気付いてもいー頃だぜ」

「でも、ひょっとしたら、ずっと見つかんねーかもしれないだろ?そうしたら、お前どうする?」

ゾロの表情は、暗くてよく見えない。こいつはやっぱりガキだな、と思っているのかもしれない。

だが、考えている気配が伝わってきた。

 

「・・・・・・そうだな。別に、どうもしねー」

「どうもしねーのかぁ?」

考えていた割に、どうでも良さそうなゾロの返答に、不満げなルフィの声が聞こえてきた。

ゾロは付け足すように、何気なく言った。

 

「ああ。おれ達が一緒にいるのは不自然なことじゃない、だろ?」

「・・・・・・ふーん・・・・・・そっか!」

暗闇の中で、なぜかお互いに笑い合っているのがわかった。

 

「クソゴムー!!!てめー、おれをハメやがったなーっ!!」

その時、甲板からサンジの怒号が響いてきた。

「やっと、気付いたみてーだな」

「ししっ!つかまる前に逃げるぞー!!」

 

二人はぼやけたモノクロの世界から、外へ飛び出した。

 

ヒカリへ。

 

 

 

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