ワイングラスの向こう側、燃えるような夕日が、ゆっくりと水平線に吸い込まれていく様を見ていた。

気が遠くなるような赤だ。

 

 

invisible

 

 

壊滅させられた海賊船から漏れた油が、夕日を反射して水面でてらてらと輝いている。

空と海の交じり合うあの1点には、引火性があるにちがいない。

このままだと、海に炎が灯るのは時間の問題だろう。

 

いつからだったのか。ルフィは遠くを見つめていることが多くなった。

視線を辿ってみても、先にあるのは広大な海原だけだ。

こうして砂浜にいても、ただ座って海を見つめている。何を見ているのか気にはなっても、瞳を覗きこむことはできない。

見てはいけない魔物に遭って、取り殺されてしまうかもしれないから。

あんなに憧れた、全てを手に入れたというのに。

想像することすら難しい、不可視の存在が見えていたのではないの?

死を巻き込むほどに惹きつけられた。彼の情熱が、今この瞬間にも熱を失っていく。

 

ロゼワインの海の向こう、すでに太陽の姿は見えない。

空には、紫に染まった雲が薄くなびいている。

段々と千切れていき、空を仰いでいる目の前でとうとう消えてしまった。

いつの間にか炎は消え、海原には漆黒の気配が濃く漂い始めている。

さざ波にくぐらせたグラスを一息に空ける。

    

もう戻れない。私たち、海を飲み下してしまった。

 

「今度は、どこへ行くつもりなのかしら」

海を見つめる背中に呟いてみた。返事は期待していなかった。

「わかんねェ。でも、お前も来るんだろ」

魔力を持つかのような、甘美な声。

例え拒否したとしても、海は愛する彼を離しはしないだろう。まして、ルフィが海の愛を拒否することなど考えられない。

悪魔の実の能力者が海に嫌われるなどと、誰が言い出したものか。

こんなにも引き寄せられているというのに。

 

「もう、冒険はいいのね?」

「あぁ」

「そう……そうなの」

身体が感覚を持たなくなっていくのがわかる。口を開くのも億劫だ。

ルフィが、ふらりと立ち上がった。

ロビンも崩れ落ちそうな膝に力を入れて後を追う。

波が、招き寄せるように二人の足元をすくっていく。

二つのグラスも、群青の泡に飲まれていってしまった。

 

浜辺に残ったのは、熱情の燃え滓だけ。

 

 

 

2003年ルフィ誕生日企画作品
キーワードは「老成したルフィ」「ロビン」「薬」「浜辺」

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