流星
二人、川に沿った土手の上を歩いている。今夜は星が地上に降り注ぐ十年に一度の日。 川のせせらぎは、静かな波音と違って二人をおしゃべりにする。 他愛もないことを口にしながら、ただ歩いている。 ゾロの腹巻の替えは何枚あるのだろうか、とか。ウソップの鼻は正確に何センチあるのだろうか、とか。 さっきは手分けして星を数えようとしたけれど、見れば見るほど増えてゆく気がして。 ナミは途中で諦めてしまった。ルフィは諦めずに数えているようだ。
空が、近い。 星の光が反射して、足元の砂利が輝いている。 いつの間にか、船から離れた所まで来てしまったようだ。だって、ここがどこだか見当もつかないのだから。 見回しても、すでに辺りは暗闇に飲まれてしまった。 見えるのは蛍のように散らばる星の光と、ぼんやり霞むルフィの横顔だけ。 天から、地から、音もないのに聞こえてくる星の囁きに、耳が潰れそうになる。 噂話が尽きないこの場所で、星の会話も止みそうにない。 乾いたルフィの手のひらの感触だけが、リアルだ。
横目で見ると、ルフィはまだ星を数えている。せっかく二人でいるのに…… ナミは少し腹を立てて立ち止まった。 「いつまで数えているつもり」 「ナミ、さっきから星が増えてるんだ!数えても数えても足りねェ」 ルフィが空を見たまま、うなった。ナミはとっさに噴出しそうになるのを我慢して、怒った調子で言った。 「見ているうちに目が慣れるから、増えるように感じるだけなのよ」 「そうなのか?」 ルフィは数えていた右手を下ろして、ナミを見た。 「そうなの」 「ふーん…」 ルフィが自分の方を向いたことに気をよくして、つないでいた手を強く握ると、ルフィも同じように返してきた。 そうして、また二人は歩き始める。 その時、一筋の光が夜空を切り裂いた。
「見て!」 「すっげー!!」 一度始まった途端、とめどなく星が流れ出した。まるで、空は光の洪水。 「………」 言葉を忘れたように立ち尽くしているルフィを、ナミは見た。 流れ星よりも、それを見つめるルフィの横顔が美しい、と思う。どんどん空に近づき、星のように美しく輝き始める。 ルフィが本当に欲しがっているものは、あの流れ星のようなものなのだ。 手を伸ばしたくらいじゃ捕まえられないと言っているのに、どうしても欲しいといって聞かない。 しかし、彼を止めるなんて無理な相談だ。誰も止めることはできない。 そして文句は何ひとつ言えない。 ふとその手を見ると、輝く星の光が、握った手のひらから溢れ出しているのが見えるのだから。 そのうちに、その光が眩しすぎて彼の姿は見えなくなってしまうかもしれない。それは少し悲しい、寂しいことだ。
あの頃は、自分がこんな気持ちになる日が来るなんて、思ってもみなかった。 自分を殺して、感情を殺して。死んだように生きていた。 今は、どこかで反乱の機会を伺っていた感情に、全身が支配されそうになっている。 一度始まった途端、とめどなく気持ちが溢れ出してくる。まるで、それは感情の洪水。 「………」 空へ気持ちを飛ばしているルフィを繋ぎ止める言葉が出てこなくて、ナミもその場に立ち尽くしているしかない。
星なんていらないわ 何も高望みなんてしない ただそばにいて欲しかっただけ あなたが欲しかっただけなのに
いつかどこかで聞いた歌を、無意識に口ずさんでいた。 無意識に歌を口ずさむことがあるなんて、こんなことも知らなかった。 今、手を握る力が強くなったのが、気のせいじゃなかったらいいんだけど。 思いを打ち消すかのように、途切れることなく星が流れていた。
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