LOVE,again

 

 

「どうして私があんたと二人きりなのよ」

「…お前、おれといるといつもそれだな」

ウソップは、桟橋に腰掛けて足をぶらぶらさせているナミを見た。

眉を顰めて、口を尖らせて。お菓子を欲しがる駄々っ子のように拗ねている。

何度もナミが海面を蹴るせいで、ウソップの竿にはまるで手応えがない。

大体、釣りしているウソップの隣へ座ったのはナミだったはず。

ため息を漏らしながら砂浜を見ると、バーベキューの準備をしているクルー達が見えた。

メインの兎をつまみ食いしたルフィが、弧を描きながら海へ落ちようとしている所だ。

「おい、あれは危ないんじゃねーのか」

「そうね」

見る必要はないと言わんばかりに、ナミは足で海面をすくっている。

 

何となしに意固地な横顔を見ていると、微かな手応えを感じた気がした。

「どりゃー!」

威勢良く引き上げた先には小さな海藻の固まりが。

「ぷっ」

横目でウソップを見ていたナミの表情が吹いた拍子に和らいだ。

ご機嫌取りのためにやったことじゃない、と情けなく思いながらも海藻に感謝する。

「そんなに海藻ばっかり釣って何に使うのよ」

「海藻はお肌に良いってチョッパーがロビンに言ってたぞ」

「そうなの?サンジくんにサラダにしてもらいましょ」

海藻で山盛りになったバケツへ新参者を放り込む。

いつもの調子を取り戻してきたナミは、鼻歌を歌いながらバタ足を始めた。

これじゃ海藻以外のものは釣れそうにない。嫌味で勝てるはずがないと分かっていても。

「おい、いい加減ルフィに謝ったらどうだ」

「何を!」

途端に、眼差しをキツくしてウソップを睨みつけてきた。

たじろぎながらも、目元が赤く滲んでいることに気が付く。ナミは綺麗だ。

自分のおせっかいを恨みながら、少々語尾を濁して言った。

「だから…訳もなく無視すんなよ。あれじゃ可愛そうだろ」

「どうせキスもしたことないくせに」

「はぁ?」

突飛すぎて何を言いたいのか分からない。こいつ、ルフィに似てきたんじゃないか。

つまり恋愛経験のなさを言っているのだろう、とウソップは解釈した。

「キ、キスくらいしたことなんてあるぞ!」

上擦った口調になってしまったのはご愛嬌ということで。

もちろんナミはしてやったりと、下目使いにニンマリ微笑んでウソップを見ている。

「へー。いつ?どこで?誰と?」

「故郷にはおれの帰りを思って泣く女が三千人はいるんだからな!」

「あんたの帰りを思って泣く女は一人でしょ」

「…三千人分くらい心強いってことだ」

「男のあんたに女の気持ちなんてものは分かんないのよ」

捨て鉢に言うナミを見て合点する。端からはぐらかす気でいたのだ。

「そういうなら、ルフィの気持ちだって女のお前には分からないんだ」

「……」

姿勢を正すと、ナミも挑発的に体を向き合わせてきた。

波の音があるとはいえ、辺りには聞き慣れた声しか響いていない。

片手で引き寄せる仕草をしながら顔を近づけると、ナミも顔を寄せてきた。

少しボリュームを落として囁く。

「このまま分かんないで済ますなら、おれはお前にキ、キスするぞ」

「何それ!」

ふっくりした唇が大きく開いて、白い歯が覗いた。急に近付いてきた額がくっ付きそうだ。

「どうせ、おれの気持ちだってお前には分かんないんだからな」

「何よ、それ」

近くで見るとナミの目は増々デカい。もう、顔のほとんどが目だ。

奇麗な茶色の中に、緊張で間の抜けたウソップの顔が映っている。

「謝るなら今の内だぞ」

「何よ…」

実は細い肩を掴む勇気なんてない。でも、ナミはなぜかウソップを避けようとしない。

おい、このままじゃマジで顔がくっ付くぞ。

ウソップは焦ってナミの肩を押した。

潮風が吹きぬけて、二人の間に凝った束の間の熱は休息に冷めていった。

「は、早く行けよ!さっきから馬鹿みてぇにはしゃいでお前の気を引こうとしてんだ」

「……そんなこと、とっくに知ってるんだから!」

ナミは突然叫んだかと思うと、思い切り海を蹴り上げて立ち上がった。

思わず目をつぶると、瞼の向こうで無数の波飛沫が七色に輝いていた。

そっと目を開くと、砂浜に走り寄るナミの後ろ姿が囁いた。

「ウソップのバカ」

 

馬鹿はお前だぁ、とウソップは心の内で叫ぶ。そんで、おれも馬鹿の仲間入りだ。

こうしてルフィのフォローばかりして、自分を主役にできない役割ばかり請け負っている。

やがて、肉や貝の焼ける香ばしい匂いが桟橋まで届き始めた。

バケツを持って立ち上がり、海藻を海にぶちまける。

「いつだってやり直しは利くさ」

 

05/03/08

 

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