眠れない。

 

 

月の夜に

 

 

特に理由もないのに、目が冴えて眠れない。

真夜中に自分一人だけが目覚めているような。

気を抜いたら、夜の静けさに飲み込まれそうになる錯覚。

こんな時は、意識の底に閉じ込めている昔のことが頭の中を駆け巡る。

良いことも、悪いことも。

 

・・・・・・外の空気でも、吸ってこようかしら。

ナミはロビンを起こさないように、爪先立ちでそっとドアに向かった。

 

半分に欠けた月が、優しく海を照らしている。

船長の特等席に寄りかかって空を見上げると、さっきまでの恐怖感が月の光に包み込まれて身体が暖まっていくような気がした。

甲板には誰もいない。でも一人じゃない。

月に親しみを感じて、つい声が出た。

「二人きりね」

 

「そうだな」

「・・・え!?」

 

「何だよ?自分で言っといて何驚いてんだお前」

いつの間にか、目の前にゾロがいた。

 

見張り台から降りて来たのだろうか。

いや、今日の見張りはウソップだったはずだ。

自分で思っているより、ビックリした顔をしていたらしい。

ゾロは先回りするように言った。

「何だか眠れねぇから見張り交代してもらったんだ。悪ぃな、ビックリさせたか?」

頭を掻きながら、謝罪の言葉を口にしている割には、顔は全然悪いと思ってない風に漫然としている。

むしろ、こっちが驚いているのをおもしろがっている様にも見えた。

悔しくて、つい強く言葉が出る。

 

「別に!それよりアンタでも眠れないなんてことがあんのね」

「あ?じゃあ二人きりって誰とだよ」

ナミは少し唇を噛んで黙ってしまった。

無表情で武装していたゾロは、突っかかってくると思っていたナミが急に無言になったのを、訝しげに見た。

 

月と。

何て言えるワケがない。この男は鼻で笑い飛ばすだろう。

そう思うと、ナミはなぜだか泣きたくなった。

この男の前でだけは自分を晒したくないというのに。

 

ナミが何も話し出しそうにないのを確認すると、ゾロは甲板にゴロリと横になった。

助かった、と思うと安心感から余計な口が出てしまうものだ。

「・・・・・・アンタよくそんな固い所で寝れるわね。背中、痛くないの?全身筋肉だからそんなことないのかしら」

「痛くねーよ。それよりお前も寝てみろ。月がキレイに見えるからよ」

自分の隣を示しながらゾロは言った。

月もキレイだし、今夜は眠れないし、他に誰もいないし、これ以上突っ込まれたくないし・・・・・・

頭の中でブツブツ言い訳を付けながらも、素直にゾロの隣に横になる。

 

「な、こうしてると月が暖けぇ気がしねーか?」

様子がおかしいナミに気を遣ってか、ゾロの口調は柔らかい。

「ふーん?」

「やけに引っかかるな」

「そんなこと、ないわよ。ホントに暖かいわね」

 

眠れない夜なんて数え切れない程あったけど。

誰もそばにいてくれないのが当たり前だと思ってた時もあったけど。

一人だと思ってた夜に同じこと考えてるヤツも、いるのね。

本当は嬉しくて涙が出そうだった。

やだわ。涙腺ゆるんでんのかしら。

きっと、月があんまりきれいだからだわ・・・・・・

 

少しボヤケて見える夜空を見ながら、今日のことは二人の秘密。

月に囁いた。

 

 

 

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