nirvana

 

 

「お前、ほんっとーにスパイなのか?」


銃声の鳴り止まない深いジャングルの、一際大きな木の根元。
そこには手錠を掛けられて座り込む、麦わら帽子をかぶった少年と、銃を片手に注意深く周りを見渡している鼻の長い少年がいた。

「しつこいな〜おめぇ」

昼でも薄暗いジャングルの中で、日も差さないのに帽子をかぶっている少年は呆れ顔になった。

「さては長っ鼻なうえバカだな?」

「長っ鼻は余計だ!!」

大声を出した少年は慌てて手で口を覆うと、きょろきょろと辺りを見ながら声をひそめた。

「大声出させんなよ場所が知れちまうだろーが!」

「長っ鼻がしつこいせいだろ〜?」

「だから長っ鼻はよせ!ルフィとかいったなてめぇ、捕まってんだから大人しくしろ!」

ルフィは眉をしかめて少年を見上げた。


「お前、俺が捕まった理由知ってるか?」


少年は、帽子の影から覗く目の強さに思わず腰を引いた。

「知らねぇんだろ」

ルフィは少しうつむいてから静かに言った。
手錠がガチャリと音を立てる。


「・・へっ、どーせ俺は下っ端ですからね。そんなこと知りませんよ」

少年は大げさに肩をすくめると、銃声の音源、ジャングルの更に奥地をにらみつけた。

「でなきゃ、ここでお前の見張りなんかしてねぇよ」

苦い呟きは銃声に混じって消えた。
ルフィはそんな少年の目の動きを、帽子の影からじっと見ていた。

 

会話がなくなってからどれほどの時間が過ぎたのか。

銃声は遠ざかっているようで、鳥やそのほかの動物の鳴き声が聞こえてきている。
少年は動物の鳴き声がするたびに、強張らせている体を更に硬くしていた。

体を木にぴったりと寄り添わせ、銃口は横であぐらをかいているルフィを狙う。

その時20メートルほど離れた木の根から何かが飛び出した。
瞬間、少年は目にも留まらぬ速さで引き金を引いた。


どさり


「・・・獣か」

銃弾は正確に獣の眉間を打ち抜いていた。


目に入った汗を拭う。
少年はふと、先程から感じている違和感の正体に気がついた。
ルフィにちらりと視線をやる。

そこには異様なほどジャングルに溶け込んでいる幼い少年がいた。

横に居るはずなのに、気配を驚くほど感じさせない。
帽子のつばはその全貌を隠し、隠し切れないオーラが熱された湿気と共に立ち昇った。


――狂ってるか、慣れてるかのどっちかだ


汗にまみれた手で銃を握りなおす。
少年は、いますぐにでも引き金を引いてしまいたい衝動にかられた。

「おい」

「なっ、何だ・・・!?」

少年の声は震えていた。
顔を上げたルフィと合った目をそらすことができない。

ルフィは少年の目を見つめながら、確認を取るようにゆっくりと発言した。

「俺は今から逃げるけど、お前はどうする?」

「・・・はぃ?」

少年は危うく銃を落としかけた。

「何言ってんだお前?どーやって逃げんだよこの状況で」

「そりゃあもちろん、走って」

ルフィは自信たっぷりとでもいうように、笑って言った。

「お前バカか!?そんなことして俺が黙ってるとでも思ってんのか!!」

少年は顔を紅潮させて叫んだ。
肩を大きくはずませながら銃を構えなおす。

そしてゆっくりと、ルフィの正面に回った。


「別に思ってねぇけど?」


ルフィは少年と目を合わせたまますっと立ち上がった。

少年は突然のことに体をびくりと震わせ、わずかに後ろにさがった。
そしてたまたまあった大きな木の根に足を取られ、思い切り仰向けに倒れていった。


どぉんっ


銃弾がジャングルを抜けて空へ放たれた。
反動で銃は少年の手から地面へ。

背を強かに打ちつけたため、一瞬の呼吸困難に陥る。
少年は目の前の風景の回転の速さに、酔いを覚えた。

「・・・・っ・・・う」

「大丈夫か?」

金属の触れ合う音が近づいてきた。
ルフィが少年の横に立って顔を覗き込んでいた。

「あぁ・・・・」

少年は何度もせわしない呼吸を繰り返した後、返事ともため息とも取れる声を出した。


――疲れた


少年は顔を手で覆うと静かに体の力を抜いた。

もうどうでもいい。
何もかもがどうでもよくなっていた。

がちゃり

指の隙間から真上を伺う。
そこには一つに纏められた両手で、銃を握って少年の頭に狙いを定めているスパイがいた。

「最後にほんとの名前でも教えてくれよ」

少年は顔から手を下ろすと目を瞑って言った。
この幼いスパイは今どんな表情をしているのか。

「ルフィだよ」

少年は次の瞬間に備えてきつくまぶたを閉じた。


「お前は?」


「へっ?」

少年は思わず目を開いた。
ルフィはにこにこと笑っている。    
銃は相変わらずウソップに向けられていたが、何故か害意は感じられない。

手錠によって仕方なく体の前にまとめられた、その手で持っているだけに見えた。

「名前なんてーんだ?」

「・・・ウソップだ」

「そうか、ウソップ!肉は好きか?」

「・・・・・・・好きだ」

「料理は得意か?」

「・・・まぁある程度なら」

「合格!」

ウソップは嬉しさが顔いっぱいに表されたルフィを、心臓を激しく稼動させながら見つめた。

「おいウソップ立て。ここにいたって殺されるだけだぞ」

ウソップがそろそろと立ち上がっている間に、ルフィは弾を抜いた銃を遠くへ放り投げた。

「行くぞ」

そして後ろを振り向くこともせずに、銃声から遠ざかる方向へ走り出した。
ジャングルの出口へ。

ウソップは慌てて後を追う。

その表情は今までとうって変わって輝いていた。
ウソップ自身、体に湧き出る力に驚いていた。

こいつはよっぽど凄腕のスパイに違いない。

笑いが洩れた。


「これからどーすんだよ!俺手錠の鍵持ってねーぞ?!」


ルフィはあっという間に追いついたウソップにびっくりした顔を向けたが、すぐに笑顔で答えた。

「手錠なんてどーにでもなるだろ!」

確かに、と少年は思った。
こいつをぐるぐるに縛り付けたところで全く意味はないだろう。


こいつを縛るには殺しでもしないと無理だ。


お互いに前を向いてまっすぐに走り続ける。
少年達は、戦場を飛び出し、ジャングルを抜け、草原を駆け、国境を目指して走り始めた。

「ところでルフィ、こんなに足速いのになんで捕まったんだ?」

「いや、うまそうな肉があったから食おうとしたらよ、下に穴があって落ちちまった」

「・・・お前、ほんっとーにスパイなのか?」

「いや、スパイじゃない。スカウトしに来たんだ、長っ鼻な凄腕って噂のスナイパーをさ」


ルフィはウソップをふり返ると、いたずらが見つかった子供のような顔で笑った。

「お前だ!」

 

 

 

2003年ルフィ誕生日企画作品
キーワードは「スパイルフィ」「ウソップ」「手錠」「戦場」

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