パンダの尻尾は何色か
久しぶりに部屋に帰ってみたら、ルフィから手紙が来ていた。 アパートのメールボックスにではなく、直接ドアに突っ込んである。 切手も貼ってない所を見ると、自分で届けに来たんだろう。 裏返してみると、無印のシンプルな封筒の裏には、これまたシンプルに差出人の名前だけが明記されていた。 今更なんだ?ご機嫌取りのつもりかよ。 そのまま手紙は手から滑り落ちて部屋の隅へ。 世の中のこともわかってねェガキが、とか何とかクソジジイが言いやがるから、読みもしないのに取っている新聞の束の中に紛れ込んだ。
「てめェの舌は飾りもんか?こんな失敗作を客に出せるわけねェだろうが、あ?」 「これのどこが失敗作なんだよ!?味も、色合いも、盛り付けも、完璧じゃねーか!!」 古参のシェフ達は、そっと目を合わせて息を吐いた。また始まった、と。 これで何人かの新人は、確実に辞めていくことになるだろう。 それもまたいつものことである。 レストランバラティエのオーナーであるゼフと、彼の養子であり弟子でもあるサンジが口論を始めたら、止められる奴なんていやしない。 結果、新人はあまりの剣幕にビビって逃げ出すか、自分の働き場所はここしかないのだからと腹を括るかのどちらかになる。 いや、もう1種類くらいはいるのだろうか。 決して上品とは言えない言葉使いでゼフに食ってかかっているサンジは、興奮からいつもは白い頬がバラ色に上気している。 午後の優しい陽だまりにも似たブロンドが揺れ、長い前髪の隙間からアイスブルーの瞳が見え隠れする。 そんなサンジの様子を、ため息吐いて見つめている者もいるようだった。
口論の発端はこうだ。 女性客の多いバラティエで今最も人気のなのが、月ごとに季節の花をテーマとしたディナーコースである。 ゼフが考えたレシピに多少サンジの意見が付け加えられる、それが常だった。 それが何を思ったか突然、5月の菖蒲をテーマにしたコースをサンジに任せたのだ。 これまでだって、ただ言われた通りに作っていただけじゃない。思いついたレシピのアイデアが書き付けられたノートは、もう何十冊となっている。 その中から、これはと思うものを選んで吟味した。 そうして出来た自信作は「不味い」のたった一言で却下されたのだ。 「・・・ちっ」 吐いた唾に血が混ざっている。 「あのクソジジイ、顔を蹴りやがった!」 自分のレシピに絶対の自信を持っているサンジに業を煮やしたゼフは、隙を突いてサンジのあごを蹴り上げた。 「お前は、やっぱりわかってねェんだよ」
口下手なゼフの忠告はいつも言葉が足りないが、その分一言一言に込められた意味は大きい。 悔しいが、自分に何かが足りないのは確かなのだろう。 「クソッ」 苛立ちに任せて空き缶を蹴り上げたら、こっちを睨んでいる向かいの家のババアと目が合った。
1Kの狭い部屋だが、キッチンはしっかりとしている。コンロは3つあるし、収納も中々だ。 それだけが理由で借りているようなものなのだし。住めば都、だろ。 残り物から失敬してきた材料で、もう一度レシピを再現してみた。 「・・・ホントにまじィ」 味も、色合いも、盛り付けも、完璧ではある。しかし、その予定された調和から、どこか作り物めいた感じを受けるのだ。 ゼフの作る料理は違う。もっと温かい。それに比べて自分の料理には、温度がない。 こんな料理を客に出せるわけがない、というゼフの言葉通りだった。 「あーあ!どうしろっつーんだよ・・・」 床に大の字になって倒れこんだ。 ふと、ルフィの顔が頭に浮かぶ。 こんな時アイツだったら「飯なんてうまけりゃいーんだ!」とか言うかな。 そういえば、この間は手紙なんて送りつけてきやがったっけ。何の用だったんだ。 いっつも嫌になるくらい顔突き合わせてんのによ。 最近会ったのはいつだったか・・・・・・・・・ 「!?」 ガバっと起き上がって、確かめるように指を折る。 「1、2、3、4、5・・・1ヶ月近く会ってねェ!」 最後にあったのは、確か、そう。この部屋だ・・・・・・
やっと取れたOFFを無理矢理合わさせて、動物園に行く約束をした。 前日の夕方から弁当の仕込みをしたし、夜は目が冴えて中々眠れなかったんだ。 サンジは生まれてすぐに、遠縁であるゼフ預けられた。それ以来両親の行方はしれない。 血が繋がってもいないのに、世話をしてもらってる身でワガママなんて言えなかった。 口ではクソジジイと罵っても、ゼフには心から感謝していたし、特に金銭的負担になるようなことは絶対してこなかったはずだ。 動物園に行きたいなんて、パンダの親子が見たいなんて、口が裂けても言えなかった。 その長年の夢がついに叶おうという日の朝。 メールが来た。
『悪ぃ 急にバイトが入った 動物園は今度行こう』
我ながら思い返すと恥ずかしくなるくらいにショックを受けて、返事もせずに1日部屋にこもっていたら、日も暮れた頃になってのこのことアパートまでやって来やがった。 いつものように勝手に上がりこんで、せんべいをバリバリ齧りながらルフィは言った。 「なぁ、サンジ。まだ怒ってんのか?今日は悪かった。許してくれよ」 「・・・別に」 サンジはチラともルフィを見ずに、テレビの画面を見つめながら呟いた。 全然反省してない口ぶりじゃないか。こんなことなら合鍵なんて、渡すんじゃなかった。 「ウソだな!怒ってんだろ?お前ガキみたく、すぐに態度に出るからな〜」 「うっせェ!大体いつまでいるつもりなんだよ!?帰れ!今すぐ帰れ!」 得意げに自分を分析するルフィに腹を立てて、つい振り向いたら、ニィと笑う顔が目の前にあって。 耳に熱い息を吹きかけられたら、後はルフィの思い通りに。 それ以来、メールも電話も徹底無視。アパートにも帰らずにシェフ仲間の家を渡り歩いていた。 そうして1週間が過ぎ、2週間が過ぎ、気がついたら1ヶ月と1週間が経っている。 メールも電話も相手なんてルフィくらいしかいないから、携帯にも触っていない。 部屋の隅、テレビの横に転がっているのがなぜかズームで視界に入ってきたが、今更怖くて見れやしない。 その横には、新聞の束とマンガや雑誌で一つの小山が出来ている。
そうだ。あの手紙はどこへやったろう。 無意識に捨てたなんてこと考えられないし・・・ と思いつつ、ゴミ箱までひっくり返して調べている自分がいる。 ない。 収納の中身は全部出して、裏返せる所は全部裏返して。気付いたら部屋の中はゴミ溜めのような有様だった。 最後に半泣きで新聞の束を蹴り倒したら、そこには見覚えのある白い封筒が。 震える手で丁寧に開けた封筒の中には、汚く折ってある便箋が一枚だけ入っていた。
『パンダのしっぽが何色か知ってるか?』
「知るかァー!!!」 三行も書かれていない手紙の大部分を占めているのは、なぞなぞのような一言。 サンジは途方に暮れた顔で、膝をついて便箋を眺めた。 こんなバカのためにここまでしたのか・・・・・・ 悔しくて、思わず涙がこぼれた。 水滴の行く先をぼーと見つめていたら、そこにも何か書かれているのが見えた。でも視界がぼやけてよくわからない。 慌ててシャツの袖を伸ばして、目をこすった。 最初の一行にばかり気を取られていたが、その下には数字と追伸の一言が書かれていたのだ。 「日付、か?」 数字が日付を表しているのだとしたら、それは今日だ。 そして。
『パンダの前で待ってる』 上着も持たずに部屋を飛び出した。
もうすぐ動物園も閉園の時間だ。夕日が、がむしゃらに走るサンジを追い立てるように、西の空へ沈んでいく。 走りながら、頭の中で呪文のように唱え続けた。 まだいる、まだいる、まだいる、まだいる・・・・・・いてくれますように。 本当は、涙が出るほどお前のこと、好きなんだ。 動物園なんか、二人一緒じゃなきゃ行きたくないんだ。 入園券を買うのももどかしく、不審な顔の係員を吹き飛ばす勢いで、パンダの前まで走った。 身体中が心臓になったみたいに、鼓動を打っている。息をすると肺が張り裂けそうに痛い、苦しい。 それでも何とか喉から声を絞り出して叫んだ。 「っルフィ!」 実は、それは声にならなかったのだけれども。 ルフィは振り向いて、笑った。
「今日の夕飯、何作ってくれんだ?」 「お前の好きな物なら何でも」 「肉!」 「作る必要ねーよ!」 「じゃあ、すきやき」 「料理のしがいがね−奴だな」 「サンジが作ってくれんなら何でもいーや!」 「それじゃあ・・・・・・」
お前のためにコースを考えよう。 料理を作れば、それを食べる客がいる。忙しさにかまけて、そんな単純なことも忘れていた。 今なら素晴らしいアイデアが次々に湧き出てきそうなんだ。 テーブルの向こう側に、ルフィの笑顔があるような料理の数々。 それなら、あのゼフだってOKを出すだろうよ。
パンダの尻尾は何色か? そんなのキスするのに忙しくて、見てなかったな。
2003年ルフィ誕生日企画作品
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