例えば、今ここにお前がいる。

全ての出来事が偶然の産物であるのならば、自分もただの偶然から生まれたのだ。

偶然、だ。

今の状況を少し考えてみれば、納得もいく。

この偉大なる海の中でさえ、飛びぬけた変わり者たちが一同に会することなんて、そうあったことではない。

見えない意図が働いているとしか、考えられない出会い。

何かが始まる予感。

だが、偶然と偶然の重なる瞬間を何と呼べば良いのだろう。

お前は何と答えるのだろうか。

 

 

約束

 

 

「・・・ゾロ、お前はどう思う?」

ウソップが相談を持ちかけて来たのは、夕飯がすんだ食堂でクルーたちが談笑している時だった。

今朝からウソップはいつもの元気がない。

盛り上げ役が沈んだ様子なので、船の中も何となく空気が暗いようだ。

たまには静かでいいじゃねーか、とゾロは思っていたが。

「どうって・・・・・・何がだよ?」

「お前聞いてなかったのかよ!さっきからおれが真剣に話してるってのによー・・・」

一瞬呆れた顔したのも束の間、再び暗い目を甲板の方向に向けてしまった。

話を聞いてなかったわけではない。

だが、ふと頭に浮かんだ思いに一瞬捕らわれていたのだ。いつも浮かんでは消えていく、その問い。

「悪ぃ。もう一回話してくんねーか?」

深刻そうに肘をついてうつむいているウソップを見て、ゾロは申し訳ないと思ったらしい。

ウソップの方に向き直って、話を聞く体勢をつくった。

 

昨晩、ウソップは夢を見た。

勇敢なる海の戦士になったウソップが、シロップ村に帰る夢だ。そこにはもちろん、カヤが登場した。

村に上陸したウソップは、真っ先にカヤの住む屋敷へと駆けていった。

しかし、通る道すがらの人影は全くない。まさか村に何かあったのか、ウソップの足は速くなる。

ところが屋敷に着くと、笑顔で迎えたメリーが門を開いてくれた。

どうやら屋敷では、ガーデンパーティーが行なわれているようだ。華やかな空気や人々の笑い声で満ちている。

まさか気をきかせたカヤが、自分の帰還パーティーを開いてくれたのだろうか。

ウソップは、感激で胸がいっぱいになった。

庭の奥には人の輪ができており、その中心にはカヤがいるに違いなかった。

名前を呼ぼうとしたその瞬間。人垣が割れ、パーティーの主役が目に飛び込んできた。

ウソップは愕然とした。

カヤは結婚式を挙げていたのだ。ウソップ以外の男と。

 

「おれはカヤとはっきり約束とかしたわけじゃねーんだ。だからよ、不安なんだよ・・・」

そういえば今朝サンジが、ウソップの寝言がうるさくて眠れなかったとか、ブツブツ言っていた気がする。

シロップ村を出てから、もうかなりの月日が流れている。

グランドラインに入ってしまったら、出した手紙が無事到着するという確実性もない。

昨夜見たという夢は、ウソップの不安を一気に引き出してしまったようだ。

「・・・はぁ・・・」

そして、また溜息をついてうつむいてしまった。

 

「そんなこと気にしてたの!?バカね〜」

耐え切れない、とばかりにナミが話しに割り込んできた。二人の会話はさっきから丸聞こえなのだ。

「バカとはなんだ、バカとは!おれは真剣なんだぞ!」

「カヤが結婚しちゃったらその時はその時じゃない。諦めなさいよ」

あっさりとナミは言った。

「カヤはそんな薄情な女じゃねー!」

「あんたってウソばっかりついてるクセに、女に騙されやすいタイプね…」

「でも騙されてるうちは幸せなものよ?」

ついにロビンまでウソップをからかいだした。

結局かける言葉が見つからなかったゾロは、そのまま船尾に戻ってトレーニングを始めたのだった。

 

ところが、夜が明けてみるとウソップに昨日の暗い影は見えない。

「お前、昨日のあれはどーしたよ?」

昨夜は面倒くさくなりウソップを放っといてしまったゾロは、照れているせいでかいつもより無愛想に言った。

ウソップは、意外な言葉を聞いたとばかりに丸い目を余計に丸くしてゾロを見ている。

自分が人の気を使うことがあるなんて、考えてもいなかった様子だ。失礼なヤツ。

しかし、自分でもなぜこんなにウソップの話が引っかかるのかがわからない。

「ん、あー。あれ、な。気にしないことにしたんだ」

「あ?」

「だからな、気にしても始まらないだろ?だから気にしないことにしたんだ!」

「そーか」

ゾロは空を見上げて息を吐いた。

 

船首に目をやると、我らがキャプテンはひなたぼっこを楽しんでいる。

・・・・・・呑気なもんだな。

ルフィを見ていると、胸の中にどす黒い気配が立ち上ってくるのがわかる。

その影はゾロの周りに濃く漂っているのだ。これはなんだ。

思い当たるふしがないわけではない。

「不安、か」

きっと、自分は確証が欲しいのだ。何よりもルフィとの間に。

この出会いがただの偶然ではなく、運命であったという証が欲しいのだ。

己に課した目標が、二人を強く結び付けているのは確かなことである。

しかし、口に出して約束というものをしたことなんてないんじゃないか?

その帽子がお前を呪いのように縛り付けている限り、それも叶わないだろう。

 

お前は何も変わらない。

おれは、何か違う生き物に変わってしまう。

この気持ちは今この瞬間も、おれを中から食いつぶしているのだから。

誰よりも近くて、誰よりも遠いその場所へ辿り着く日までに。

 

それがお前とおれの、約束。

 

 

 

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