昔の話をしようか
「そういやカカシ先生の髪の色って変わってるわよね」
任務が終わっての帰り道、一休みしている時にサクラが髪に櫛を通しながら言った。
その言葉にナルトがオレの顔を覗き込むようにして横から顔を出した。
サスケはいつものように興味なさげに目を閉じて座っている。
「そう?そういやあんまり灰色って見ないかな」
「そんなことないってばよ!火影のじいちゃんも灰色っぽいってばよ!」
「それは白髪だろウスラトンカチ」
ナイスツッコミだサスケ。
「えぇ!?じゃあカカシ先生ってばその歳で総白髪!?」
そしてナイスボケだナルト、お前らコンビ組め。
絶対売れるぞ。
「バカねナルト!そんなわけないでしょ!」
驚きつつも口元がにやけているナルトと、耳をそばだてているサスケに、身嗜みを整え終わってきっと心の底では大爆笑のサクラ。
お前らもう少し上官を敬えよ・・・。
仕方ない。
「・・・実はな。オレの髪はある時を境に真っ白になってしまったんだ。それ以降オレに黒い髪が生えたことはない」
「えー!!マジで!?」
「ウッソー!!本当!?」
ため息交じりに言えば身を乗り出してきたナルトとサクラに、オレはとうとうと語り始めた。
あれはオレがお前らと同じ歳の真冬の事だった。
オレにライバル心を燃やす奴がいてな、そいつに何度目かの決闘を言い渡されたんだ。
面倒くさいから行きたくなかったんだが行かないと余計に面倒な目に合うことはすでにわかっていたから、ま、オレは渋々指定された時間に演習場に向かったわけ。
だが待っても待っても奴は来ない。
おっと、オレは時間通りにいったよ、もちろん遅刻はしてない。
そして、昼の十二時から二時間経っても奴は来なかった。
奴の性格上遅刻なんてするはずがない。
遅刻するにしても何らかの方法でそれをオレに伝えるはず。
忍者という職業上、オレは何かの予感を感じていた。
奴もオレもすでに戦場に出ていたし、有り得ないことなんてこの世界にはほぼない。
オレはその予感に足を縛られたようになって、すっかり動けなくなって奴が現れるのを待っていた。
いつの間にか陽が傾き始めるに従って予感は恐怖へと塗り替えられていった。
雪が降り始めて寒さに体が震えても、オレは動かなかった。
何故、来ない。
半ば答えのわかっている問いを何度も繰り返すことしか、オレには出来なかった。
雪はごうごうと音を立てて降って、目に入る度にその冷たい刺激に涙が出た。
何故。
「それで、先生はその後どうしたの・・・?」
サクラが目に涙を溜めオレを見つめている。
ナルトとサスケは沈痛な面持ちで地面の草を見つめていた。
「その後そいつと同じ班の奴が来て、オレは意識を失った」
すでに覆われている口を更に手で覆い眉を顰めて見せると、子供達は一斉に慌てた表情になった。
「せっ、先生ごめんなさい!もうこの話はいいから帰りましょ!?」
「そうだってばよ!オレってば腹が減ったから早く帰りたいってば!」
「時間も時間だしな・・」
サスケ、お前までそう言ってくれるとは正直予想外だぞ。
「いや、最後まで聞いてくれ」
そうはっきりと言って三人に真剣な視線を送ると、それぞれに覚悟を決めたのか静かに続きを聞くことにしたようだ。
気がつくとオレは病院の一室にいた。
目が覚めた瞬間に、待っても待っても現れなかった奴の笑顔が顔に浮かんで、オレは目に見えない速さで病室を駆け出した。
そしてそのまま火影様の所へ行った。
奴の最後を聞くために。
「火影様・・・!!」
「・・カカシか?」
火影様は驚いた顔でオレを振り返ると、机から立ち上がってオレの所まで来た。
「もう大丈夫なのか?雪に埋もれて凍死しかけていたんだぞおぬし」
「はい。・・火影様、一つお聞きしたいことが」
オレは出来る限りの願いを込めて火影様を見つめた。
「ガイは、どこに居るのでしょうか」
火影様は表情を変えずにさらりと言った。
「あいつは、今木の葉には居らん」
ではやはり戦場への出陣が決まっていたのだ!
そしてオレの知らない間に奴は戦場で戦っていたのだ!
「で、ではいつ帰ってくるでしょう?」
「・・・わからん、済まんなカカシよ。だが安心しろ、ガイは必ず生きて帰ってくる」
その瞬間のオレの心持ちと言ったら、なんて言うのかな、やっと体の感覚と温度が戻ってきたって感じだった。
安心しきって床にへたりこみそうになる体をなんとか押さえていると、火影様の顔色が変わったことに気が付いた。
「カカシ・・!髪が・・」
その剣幕に驚いて動けずにいると火影様は素早く懐から手鏡を出してオレに向けた。
そこに映っていたのは、間抜け面のオレ、ではあったが、髪がすっかり白くなっていた。
「ま、たぶん極度の緊張から解放されたことで体がなんらかの反応をした結果なんじゃないか、ってことくらいしか今でもわかってないんだけどね」
「でも、じゃあガイ先生生きてるから、良かったね先生!」
サクラが目を擦りつつ笑顔になって叫んだ。
ちくり、とオレのないはずの良心が痛む。
ナルトはナルトで、拳を握り締めて決意を新たにしているようだし。
そして・・・
ちらりと視線をやれば、疑わしそうにオレを見ていたサスケと目が合った。
片目だけで微笑むとため息を吐かれる。
「サクラ、ナルト、・・・カカシの話なんか信じてもいいことねーぞ」
つれないこと言ってくれちゃうねー、サスケ。
あ、しかも帰っちゃうんだ?
「え、サスケくん待って!ちょっと先生どういうこと!?」
「まさかウソだったの!?ヒデー!!先生サイアクー!!!」
二人共騙されたとわかった瞬間にギャーギャー喚きだして、もう手が付けられない。
「ま、半分はウソだけど、半分はホントだよ。さーてじゃあオレ先帰るから」
非難轟々の二人を残して素早く身を消す。
帰り道はどーしようもない担任への悪口大会になるに違いない。
一際高い木の天辺から細い道を歩く三人を見つめ、道の先にある木の葉の里に目をやる。
「ま、実際は死んでたんだけどね」
本当のライバルは、オレが目を覚ました時には死体で木の葉に運び込まれていた。
実際はガイが行くはずだった戦地に、急遽ガイの代わりに行くことになって死んだ親友。
ガイの苦悩は相当な物だっただろう。
その苦悩の結果が、今のライバルごっこだ。
いなくなった親友の代わりを今でも続けているのだあのバカは。
「まだ『ごっこ』なのかねぇ・・・」
オレは夕日に照らされて美しい顔岩を見つめて、深いため息を吐いた。
05/02/06
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