聞き分けの良い子供

 

 

ほんのちょっとしたニュアンス、それだけで伝わるもの。
だからあんまり大声で叫ぶな。

一人だけ重みが違うのは何故なのか。
なぜもこうもねぇ・・・。

気づいてないだろ?
はやく気づけよ。

全然違うんだぜ。
はっきり言って聞いたら後悔すること間違いなしの声だ。

あいつの名前を呼ぶあんたの声は。
待つのが嫌ならとっとと会いに行って帰ってこないでください。

深くて暖かくて、じんわりと面映い感じになる。
正視できるやつはいねぇ。

俺が呼ばれてるわけでもねぇのにな。
もしあの声で呼ばれるようなことがあったら、俺は銃口を自分に向けるな。

 

 

 

ここはとある国の一角、レジャーで栄える港町。
港には豪華客船や、物資を運ぶタンカーなど、多くのガレオン船級の船が並んでいる。

ゴーイングメリー号は、その船と船の間に隠れるように停泊していた。


「あぁっ!」


一番最後に船のはしごを、ほとんど飛ぶようにして登ったルフィが、突然船首の方を指して叫んだ。

「何だ!どうした!?」

一足先に戻ってコックの手伝いをしていたウソップが、キッチンから飛び出してきた。
他のクルーは夕食の支度や、買ってきた物の整理で忙しいようで、出てくる気配はない。

ナミははしごを片付けているし、ゾロは大の字をかいて眠っている。


「俺の特等席が盗られた!!」

そう言って指差す船長の指をたどった先。


「・・猫じゃねぇか!」


メリーの上には、気持ちよさそうにしっぽを振る黒猫がいた。

「止めなさいよ猫相手に」

猫をメリーから降ろそうと伸ばしたルフィの手を、ナミはぴしゃりと叩いた。

そしてそっと猫に手を伸ばして、引っかかれそうにないことを確認すると優しく頭を撫でた。

「首輪してるから野良ではないわね。・・でもどうやってここまで来たのかしら」


ナミは赤い首輪に付いている丸い金色のネームタグを見つけた。

表には猫の引っかき傷のように、3本の爪痕が付いている。
そのままそれを裏返した、ナミの手が止まった。


「ルフィ・・・・」


「なんだ?」

猫に席を取られてしまったルフィは、キッチンからも閉め出されて、後ろでふてくされていた。
甲板で寝ているゾロにひとしきり声をかけていたが、結局相手にされなかったようだ。

「あんたじゃないわ」

ナミは目を細めてのどを鳴らす猫と、後ろの船長を見比べた。


「この子、ルフィって名前みたいよ」


そう言ってネームタグをルフィとウソップに見せる。

「ほんとだ!こいつは間違いなくルフィだ!!」

「ルフィは俺だぞ!」

腹を抱えて笑い出したウソップに対して、ルフィは猫に指を突きつけて叫んだ。

「また変な偶然もあったもんね〜」

ナミは猫をひとなですると、ひょいと抱きかかえて船首に背を向けた。

「おいナミ、どこ連れてくんだよ」

「キッチンよ。もう夕食時だし、ルフィもお腹空かしてるわきっと」

「おぉそうだった!腹減ったぞサンジーー!」

ナミは腕にすっぽりと収まっている猫のことを言ったのだが、船長は気づかずにキッチンへと駆け出していった。

 

 

 

夜はナミの言うとおりに、少し沖に出て船のいかりを下ろした。

ゾロは甲板にどっしりと腰を落ち着けて、月を見ながら手酌で酒を飲んでいる。

「おいゾロ!」

ルフィが、周りをきょろきょろと見渡しながら近づいてきていた。


「ルフィ知らねぇか?」


「・・・寝ぼけてんのかルフィ」

ゾロは、自分の腹巻をめくって中を覗き込んだルフィの頭をはたいた。

「ルフィはお前だろーが!こんなとこにいるわけねぇだろ!!」

「いてぇなゾロ!違ぇよ!ルフィは猫で、色は黒くて赤い首輪をしてるんだ!」

ルフィは腹巻から手を離すと、ゾロの正面にあぐらをかいた。
ゾロはしばらく黙ってルフィの顔を見たあと、ため息をついた。


「わかった。で、そのルフィって猫がいなくなったのか?」

「よくわかったな〜、そーなんだよ!ゾロなら知ってるかと思って」

ゾロはちらりと横に目をやった。
きらりと輝くなにかがある。

緑色の光が二つ。

「あっ!ルフィ!!」

ゾロの視線を追ったルフィが、猫に飛び掛った。
しかし猫はひらりと身をかわすと、また闇に溶けていった。


「ちくしょ〜、どこ行った!」

「馬鹿かお前。逃げるに決まってんだろ」

悔しそうに周りを見渡すルフィに、ゾロは呆れたようにグラスに酒を注ぎ足した。

「あいつすっげぇすばしっこいんだ」

「スピードで勝負すんなアホ」

ゾロは、甲板のすみからこちらを見つめる目を発見した。
ルフィはゾロに背を向けてまったく逆方向を探している。


「おい、こっち来いよ」

顔は猫に向けたまま、ゾロはルフィに向かってそっと手を差し出した。

「ルフィ」

 

どごっ

 

「てめぇ・・・何のつもりだ」

カエルのようにうつむけにつぶれたゾロのくぐもった声は、地獄から響くほどの低さだった。
ルフィは、ゾロの腰にがっしりしがみついている。

「いま呼ばれた」

全開の笑顔であろう船長の顔を想像して、床と密着しているゾロの額に青筋が浮き上がった。

ルフィを背中に乗せたまま、がばりと起き上がる。
立ち上がったゾロの背中には、コアラのようにルフィがへばりついていた。

「猫を呼んだんだこのアホ!見ろ!また逃げられちまっただろ!!」

ルフィはゾロの肩にひょいとあごを乗せて、先ほどまで猫の居た場所を見た。

「ゾロが大声出すからだろ」

「誰のせいだ!!」

ゾロは首をむりやり後ろにひねりながら怒鳴った。

「俺を呼んだ」

ルフィはしししっ、と独特の笑い声をあげると、ゾロの背中に顔をうづめた。


「お前が俺を呼んだんだ」


ゾロはため息をつくと、ゆっくりと腰を下ろしてあぐらをかいた。

「せめて後ろじゃなくて前に来い」

「俺ゾロの背中が好きだからこっちのがいい」

ルフィは抱きつく腕に力を込めた。

「・・・好きにしろ」

ゾロはまたため息をつくと、自分の腹に回されたルフィの手を優しく叩いた。

 

 

 

「ルフィ〜!!どこだ〜!!」

その頃月夜の港には、怪しげな男二人がいた。


「てめぇのせいだぞベン!ちゃんと見とけって言ったじゃねーか、バカ!」


「お頭、心配なら自分で連れて歩けって言っただろ。だいたい海賊のくせに豪華客船クルージングツアーに参加すること自体がおかしい」

涙目でふり返った赤髪の男は、後ろにいる背の高い、黒く長い髪を一つにまとめた男をきっとにらんだ。

「せっかく懸賞で当たったのに行かないバカはいねぇ!!」

「・・・で、どこであの猫見つけたんですか?」

ベンはとりあえず話題を元に戻すことにした。

「こないだ降りた港で見つけた。さらさらした黒い髪とか、くりっとした目で俺を見上げてくるとことか、もールフィにそっくりだろ!!」

急に元気になってうっとりと目を閉じてにやにやしていた赤髪の男は、また急にがっくりと肩を落とした。

「赤い首輪付けてよ、あんなに可愛がってやったのに・・・うぅ」

その場にしゃがみこんで泣き出した自分の船長を見て、ベンは自分も泣きそうになるのを必死でこらえた。

「ルフィーー!帰ってこーーーい!!」

 

お頭、あんたも帰ってこい。

 

ベンはそっと目頭を押さえた。

 

03/6/22

 

初めの段落を反転すると、よりお楽しみいただけます。

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