サマースノウ
「雪が見てェなァ」 真っ青に晴れた空を見上げて、ルフィが言った。 太陽に届かんばかりに、真っ白な入道雲がどこまでも伸びている。それでも、その光を遮ることはできないらしい。 肌を刺すような日差しを避けるように、クルーたちは扉を開けた室内にこもっていた。 ゾロがまさに今、後方の甲板で剣豪の丸干しになろうとしている時。
ルフィが突飛な発言をするのはいつものことなので、ナミは呆れた顔もしない。 「生憎ね。ここの所気候が安定してるから、次の島近いんじゃない?」 日差しがきついのなんておかまいなしに、ナミはパラソルの下ですっかりくつろいでいる。 そんなことよりも、グランドラインでの貴重な晴れ間を満喫したいようだ。 ルフィは聞いているのかいないのか、太陽と目を合わせたまま空を見上げて呟く。 「次に着くのが、冬島だといいなァ」 「だから、次の島は夏島だって・・・」 説明しても無駄なことを悟ったナミは、諦めて口をつぐんだ。ルフィは期待を込めて空を見ている。
太陽は確実にじりじりとルフィの肌を焦がす。 こめかみから一筋の汗が流れて、日に焼けた頬を潤すのをナミは見た。 「そんなに太陽を見てたら目がつぶれちゃうわよ」 その手を無理矢理引いて、近くまで引き寄せる。 「雪なんて、ドラムで散々見たじゃない」 そう、桜色に舞い散る雪まで見たというのに。 ルフィは勢いこんで熱弁した。 「雪って白くてきれいで、しかも冷たいんだぞ!?な、また雪が見てェだろ!!」 しかし、ナミは少し顔をしかめてルフィを見ている。 「そんなこと言うけど、雪崩も吹雪も人を殺すわよ」 ルフィが呆れた顔をした。 「おっ前、夢がねーなー!」 ナミは不快の表情を隠さず、思い切り眉間にしわを寄せた。 「アンタみたいに夢ばっか見て生きてける方がめずらしいのよ!・・・それに・・・」 「それに?」 口ごもるナミを下から覗き込んでみる。ナミの視線は、言葉を捜すように宙を彷徨っていた。 唇に指先を当てて、考え込んでいるようにも見える。 しばらく経ってから、やっと顔を上げてルフィを見た。瞳が微かに震えている。 「・・・雪って、何だかやな感じがするの・・・」 ナミは、雲の向こうを見ている。ルフィには見えない何かを見ている。 その目の中に、白い雪がちらついたのをルフィは見た。 ナミの心に降り積もった雪は、あの時溶かしてしまったはずなのに。
風が、変わった。
冷たい風が吹くのを、ナミは感じた。 安定していた気候は、グランドラインの気まぐれだったようだ。 今夜、冬が来る。 ナミの瞳が色を取り戻した。その代わりに、唇には皮肉の色が浮かんだ。 「雪、降るかもしれないわ・・・」
「ご所望の雪は降るみたいだけど、次は何が見たいのかしら?」 風は段々と冷たさ、激しさを増し、高く荒れた波が船体を叩くようになってきている。 パラソルを片付けるルフィを横目に見ながらナミは聞いた。 「ん〜、今すぐ見たいもんならあんだけどなァ」 「なぁに?」 唐突に、ルフィは思いっ切り鼻をひっぱって言った。 「ウソップ」 やりすぎで、ちょっと涙目だ。 「ウソップ?・・・それよりアンタ、その顔・・・・・・くくっ・・・あはは!」 ルフィ渾身の顔芸に、ナミの笑いはしばらく治まらなかった。 その様子を見て、ルフィは満足そうにゆったりと微笑んだ。
嵐の前兆が見えるまで、一時待機。船室に戻る二人の背中から聞こえてきた会話。 「で?結局、何が見たかったの?」 「お前の、笑った顔!」
03/6/18
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