3月14日

 

 

「まったく不満よ、ヒナ不満。聞いてるのスモーカー君」

「・・横でわめかれりゃ嫌でも耳に入る」


海軍本部から少し離れた島にある繁華街、スモーカーとヒナは人ごみの中を競争するかのように足早に歩いている。
私用なので制服は着ずに、Tシャツとズボン、二人ともラフな格好だ。
制服を脱ぐと若々しく、歳相応に10代の若者らしい。

「ところで貴方、どこへ行く気なの?」

スモーカーは答えずに煙を吐き出した。

そして商店の間にある細い道の前に立つと、ぴたりと足を止めた。
ヒナは急に立ち止まったスモーカーにぶつかることなくぴたりと横に止まる。

「お前こそ、どこまでオレについてくる気だ?」

あからさまに苛つきの篭もった声。
ヒナはむっとした表情でスモーカーを睨み、溜め息を吐きながらポケットから出した煙草に火を点けた。
逸る気持ちを抑えながらも、声に混じる苛立ちは隠せない。


「私は一刻も早く本部に帰りたいの!今追ってる海賊を捕まえたら今度こそ准尉になれるのよ」


「じゃあ帰れ」

スモーカーも負けず劣らず苛ついている。
表情は苦々しげだ。

「だから、貴方が何をするかわかったもんじゃないから見張ってるってさっきも言ったでしょう」

ヒナはまたもや思い切り溜め息を吐いた。

「私になんの恨みがあるのかは知らないけれど、いつもいつもどんなに離れた所にいても邪魔ばかりして・・・、しかも私の昇進のタイミングにばかり!わざとだったら海に沈めているところよ」


「だから今回こそ邪魔はしねぇって言ってんだろが!わかったらとっとと帰れ!」

痛いところを突かれたのかスモーカーは思わず叫んだが、そのおかげでヒナが完全に理性の手綱を手放したのを見て取ると、心の中で自分の失態を呪った。

「今回こそ!!?それ、何度聞いたことかしら多すぎて数え切れないわ!」

「3回目だ3回目!そんなことも覚えてねぇのか!」

「そうよもう3回もなのよ!!いい加減学んでちょうだい、いい迷惑だわ!ヒナ迷惑!!」

「てめぇこそオレが・・・!」

スモーカーがどうにか反論しようと、記憶の片隅から引っ張り上げた会心のヒナの失敗談を披露しようとした時、誰かがスモーカーにぶつかった。


「あっ、すいません!」


ようやく二人の世界から目を上げた二人の視線にいきなり晒された男は、思い切り顔を引きつらせ、そそくさと人ごみに紛れていった。

ヒナは自分が人々の視線に晒されていることに気が付いて小さく舌打ちをした。
スモーカーも毒気が抜かれたのか、新しい葉巻を出そうとポケットに手を入れた瞬間、顔色が変わった。


「おいヒナ!今の奴追うぞ!!」


そう叫ぶと人ごみの中に飛び込んだ。

 

 

「さっきの男がどうかしたの?」

ヒナはようやく追いつけたスモーカーの真剣な横顔を見て、表情を引き締めた。

「いいから急げ」

理由のないものに従うのが大嫌いなヒナを従わすことが出来るのは、スモーカーと絶対正義の4文字だけだ。
(スモーカーの場合は、もう理由を聞き質すのが面倒くさいというのもあるが)

二人はすいすいと人を掻き分け、すぐに目当ての男を見つけた。
日に焼けた肌とボサボサの茶色い髪。

男はふと振りかえってぎょっとすると、一目散に駆け出した。


――逃げるということは、何か心当たりがあるはず。


ヒナは考えながら足を速めた。

そのまま男が小道へ逃げ込むのを見ると、スモーカーはにやりと笑って言った。

「挟み打つぜ」

ヒナの目線に促されて続ける。

「あの道を選んだのが運の尽きだな、あそこは一本も分岐点がねぇんだ。オレは終点に先回りする、お前はこのまま追え」

二人は素早く自分達の進むべき方向へ身を翻した。

 

 

「遅かったじゃねぇか」

「なっ・・!!」

男は狭い道を塞ぐようにして立つスモーカーを見て、心底驚いた顔をした。
慌てて後ろを振りかえるが、すでにヒナが立ちはだかっている。

その氷のような視線に男が思わず一歩退いた時、ヒナは驚きのあまり呟いた。

「ヴァスタ・・・!」

あくどい手口を使う海賊、と書いてあった。
海軍の網を抜けるのが上手く、中々捕まえられず賞金首になってから既に十年近く経っている。

ヒナは捕まえようとしている海賊の資料を探している時に、たまたま古いリストにも目を通していた。

思わずスモーカーに目をやると、不機嫌そうに男を睨みつけている。


まさか、とヒナは思った。

全部の賞金首を覚えているなんてことがあるのかしら、星の数ほどいる。
しかも一瞬顔を見ただけですぐに十年前の写真と結びつけることができるなんて。

 

「さぁ、観念してこっちに来い」

スモーカーはじりじりと男との距離を詰めている。
男は焦った表情で2,3歩下がったが、にやりと笑うとズボンに隠してあった銃を取り出した。


「死にたくなかったらそのまま前へ進め!女はもと来た道を戻るんだ!」

スモーカーとヒナは動きを止めると、男の上で視線を絡ませる。

そして、スモーカーが男に向かって一歩足を踏み出した。

「バカかてめぇは!」

男は馬鹿にした顔で笑うと引き金を引いた。


ドォンッ


銃弾はスモーカーのへその少し上に命中した。
男から不快なひび割れた笑い声が上がる。


「バカは貴方よ」

「はっ?」

ヒナは男の注意が逸れた隙に背後に付くと、男の腕を掴んで背中に捻り上げた。
ぼきり、と鈍い音がして男が崩れ落ちる。

「ぎゃぁ・・・!!」


「・・ったくすげぇ馬鹿力だな」

撃たれたはずのスモーカーが現れ、しゃがんで自分の足に手錠を嵌めているのを見て男が叫んだ。

「なんで生きてやがる!!」

スモーカーは手錠を嵌め終わると、楽しそうに男の頬をぺちぺちと叩いた。
まるでそう聞かれるのを待ってましたと言わんばかりだ。

「オレは煙で出来てるんでね、銃なんて効かねぇよ」

それを証明するように、顔の半分が崩れてそこからもくもくと煙が上がった。

「能力者だったのか、ちくしょう・・!!!」

それ以上罵詈雑言を聞く気はないのでしっかりと猿轡をかます。


「スモーカー君」


銃を回収してから自分の背後に立ったヒナにスモーカーは顔を向けた。

「てめぇにしちゃめずらしく静かだな、いつもなら理由を言えって騒ぎ始めてるころだぜ?」

「理由なら聞かなくてもわかってるもの」

スモーカーは眉間にしわを寄せてヒナを見上げる。

「見えたのか?だったらなんですぐに言わなかった?」

「見えた?こいつの手配書を見たことがあるのよ、言うも何も・・・?」

二人は不思議そうにお互いの顔を見つめあった。
まずスモーカーがもがいている男を振りかえって叫んだ。

 

「こいつ賞金首なのか・・!」


「貴方この男が海賊だと知ってて追ったわけじゃないのね!?」

 

スモーカーはヒナから思い切り視線を逸らした。
ヒナは自分の中の何かが、がっくりと崩れ落ちるのを感じて溜め息を吐いた。

「はぁ・・・、じゃあ、なんでこの男を追ったのかしら?」

スモーカーも音を立てずに溜め息を吐いたようだ。
大量の煙がもわっと空中に舞い上がる。

そしていきなり男の体中を触り始めたのでヒナはびっくりした。

「まさか一目惚れしたとか言わないわよね」

「・・沈めるぞてめぇ」

唸るような声で否定されたが、男の内ポケットから出てきた物を見て、ヒナは納得した。
そして高らかな笑い声を上げた。


「信じられない海兵のくせに!!財布をすられるなんて!!」


スモーカーは立ち上がって大事そうに財布をポケットに仕舞うと、横目でヒナを睨んだ。

「黙れよヒナ」

「止められないのよ!あー、おかしいったらないわ!!」

そしてふと涙目でスモーカーを見つめた。

「待って、この島に来たのはこの男がいるのを知ってたから?捕まえに来たの?」

スモーカーの顔が更に苦々しげになる。

「違う、こいつの顔なんて見たこともねぇよ」

「そうよね顔を知らないんだもの、そんなはずないわよね」

ヒナはまたくすりと笑った。
わかってて聞くな、とスモーカーの顔に書いてあるのを無視して話を続ける。


「じゃあ、どうして?」

「言う必要はねぇ」

嘘を吐くことが苦手な男は強情に突っぱねた。


「必要はないけれど、義務はあるのよスモーカー君」


ヒナは男を顎で指しながらにっこりと笑った。

「・・・てめぇ性格悪くなったんじゃねぇか?」

「前からよ、さぁ言いなさい」

スモーカーは宙に視線を彷徨わせながらゆっくりと立ち上がると、ヒナに視線を戻した。

「今日が・・なんの日か知ってるか」


「・・・貴方の誕生日だったような気がするわね」

ヒナが思案顔でスモーカーを見た。
スモーカーは驚いたようだ。

「なんで知ってる?・・まぁいい、違ぇよそっちじゃねぇ」

「そっちじゃない、ということは・・・ホワイトデーの方かしら?」

スモーカーが頷いたのを見てヒナの目が丸くなる。
まさか、という言葉が浮かんだ。
今日だけで一体何度この男に驚かされているのだろう。

その腹いせ、というわけではないが、今日がスモーカーの誕生日だと知っていて、嫌がる彼にわざわざついてきたことは言わないで置く。


「・・わかったわ、プライベートを詮索する趣味はないの。こいつを本部へ運ぶのは私がやるから、貴方はその間に用を済ましてしまいなさい」

ヒナはさっさと男の襟首を掴むと、もと来た道をずるずると引きずって歩き始めた。
当然男からは情けない悲鳴が上がる。


「これで准尉は確実だな」


スモーカーがぽつりと言った言葉に、ヒナは振りかえって厳しい視線を浴びせた。
一瞬誇りを傷つけられた気がして声も自然と冷たくなる。

「何言ってるの?これは貴方と私で捕まえたのよ、手柄を独り占めする気なんて一切ないわ」

「てめぇがそんな奴じゃないことは分かってる」

スモーカーはめずらしく慌てたように言った。
そのまま天を仰ぐと急に低い声で喋り始めたので、ヒナはうめく男の顔を足で地面に押し付けた。

「・・お前に何か買って帰ろうと思ってたんだよ、なのに人の気も知らずに付いてきやがって・・・」

「私に?」

なぜ、と言う前に気が付いた。
この島に着いてからずっと機嫌の悪かったスモーカーが思い起こされて、また笑いがこみ上げてきた。


「ハッピーバースデーおバカさん」


笑いをかみ殺してやっと言えたが、スモーカー自身が仕方なさそうに笑うのを見て、ヒナも堪え切れずに笑った。

 

2004/3/5

 

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