3月14日
「まったく不満よ、ヒナ不満。聞いてるのスモーカー君」 「・・横でわめかれりゃ嫌でも耳に入る」
「ところで貴方、どこへ行く気なの?」 スモーカーは答えずに煙を吐き出した。 そして商店の間にある細い道の前に立つと、ぴたりと足を止めた。 「お前こそ、どこまでオレについてくる気だ?」 あからさまに苛つきの篭もった声。
スモーカーも負けず劣らず苛ついている。 「だから、貴方が何をするかわかったもんじゃないから見張ってるってさっきも言ったでしょう」 ヒナはまたもや思い切り溜め息を吐いた。 「私になんの恨みがあるのかは知らないけれど、いつもいつもどんなに離れた所にいても邪魔ばかりして・・・、しかも私の昇進のタイミングにばかり!わざとだったら海に沈めているところよ」
痛いところを突かれたのかスモーカーは思わず叫んだが、そのおかげでヒナが完全に理性の手綱を手放したのを見て取ると、心の中で自分の失態を呪った。 「今回こそ!!?それ、何度聞いたことかしら多すぎて数え切れないわ!」 「3回目だ3回目!そんなことも覚えてねぇのか!」 「そうよもう3回もなのよ!!いい加減学んでちょうだい、いい迷惑だわ!ヒナ迷惑!!」 「てめぇこそオレが・・・!」 スモーカーがどうにか反論しようと、記憶の片隅から引っ張り上げた会心のヒナの失敗談を披露しようとした時、誰かがスモーカーにぶつかった。
ヒナは自分が人々の視線に晒されていることに気が付いて小さく舌打ちをした。
「さっきの男がどうかしたの?」 ヒナはようやく追いつけたスモーカーの真剣な横顔を見て、表情を引き締めた。 「いいから急げ」 理由のないものに従うのが大嫌いなヒナを従わすことが出来るのは、スモーカーと絶対正義の4文字だけだ。 二人はすいすいと人を掻き分け、すぐに目当ての男を見つけた。 男はふと振りかえってぎょっとすると、一目散に駆け出した。
そのまま男が小道へ逃げ込むのを見ると、スモーカーはにやりと笑って言った。 「挟み打つぜ」 ヒナの目線に促されて続ける。 「あの道を選んだのが運の尽きだな、あそこは一本も分岐点がねぇんだ。オレは終点に先回りする、お前はこのまま追え」 二人は素早く自分達の進むべき方向へ身を翻した。
「遅かったじゃねぇか」 「なっ・・!!」 男は狭い道を塞ぐようにして立つスモーカーを見て、心底驚いた顔をした。 その氷のような視線に男が思わず一歩退いた時、ヒナは驚きのあまり呟いた。 「ヴァスタ・・・!」 あくどい手口を使う海賊、と書いてあった。 ヒナは捕まえようとしている海賊の資料を探している時に、たまたま古いリストにも目を通していた。 思わずスモーカーに目をやると、不機嫌そうに男を睨みつけている。
全部の賞金首を覚えているなんてことがあるのかしら、星の数ほどいる。
「さぁ、観念してこっちに来い」 スモーカーはじりじりと男との距離を詰めている。
スモーカーとヒナは動きを止めると、男の上で視線を絡ませる。 そして、スモーカーが男に向かって一歩足を踏み出した。 「バカかてめぇは!」 男は馬鹿にした顔で笑うと引き金を引いた。
「はっ?」 ヒナは男の注意が逸れた隙に背後に付くと、男の腕を掴んで背中に捻り上げた。 「ぎゃぁ・・・!!」
撃たれたはずのスモーカーが現れ、しゃがんで自分の足に手錠を嵌めているのを見て男が叫んだ。 「なんで生きてやがる!!」 スモーカーは手錠を嵌め終わると、楽しそうに男の頬をぺちぺちと叩いた。 「オレは煙で出来てるんでね、銃なんて効かねぇよ」 それを証明するように、顔の半分が崩れてそこからもくもくと煙が上がった。 「能力者だったのか、ちくしょう・・!!!」 それ以上罵詈雑言を聞く気はないのでしっかりと猿轡をかます。
「てめぇにしちゃめずらしく静かだな、いつもなら理由を言えって騒ぎ始めてるころだぜ?」 「理由なら聞かなくてもわかってるもの」 スモーカーは眉間にしわを寄せてヒナを見上げる。 「見えたのか?だったらなんですぐに言わなかった?」 「見えた?こいつの手配書を見たことがあるのよ、言うも何も・・・?」 二人は不思議そうにお互いの顔を見つめあった。
「こいつ賞金首なのか・・!」
スモーカーはヒナから思い切り視線を逸らした。 「はぁ・・・、じゃあ、なんでこの男を追ったのかしら?」 スモーカーも音を立てずに溜め息を吐いたようだ。 そしていきなり男の体中を触り始めたのでヒナはびっくりした。 「まさか一目惚れしたとか言わないわよね」 「・・沈めるぞてめぇ」 唸るような声で否定されたが、男の内ポケットから出てきた物を見て、ヒナは納得した。
「黙れよヒナ」 「止められないのよ!あー、おかしいったらないわ!!」 そしてふと涙目でスモーカーを見つめた。 「待って、この島に来たのはこの男がいるのを知ってたから?捕まえに来たの?」 スモーカーの顔が更に苦々しげになる。 「違う、こいつの顔なんて見たこともねぇよ」 「そうよね顔を知らないんだもの、そんなはずないわよね」 ヒナはまたくすりと笑った。
「言う必要はねぇ」 嘘を吐くことが苦手な男は強情に突っぱねた。
「・・・てめぇ性格悪くなったんじゃねぇか?」 「前からよ、さぁ言いなさい」 スモーカーは宙に視線を彷徨わせながらゆっくりと立ち上がると、ヒナに視線を戻した。 「今日が・・なんの日か知ってるか」
ヒナが思案顔でスモーカーを見た。 「なんで知ってる?・・まぁいい、違ぇよそっちじゃねぇ」 「そっちじゃない、ということは・・・ホワイトデーの方かしら?」 スモーカーが頷いたのを見てヒナの目が丸くなる。 その腹いせ、というわけではないが、今日がスモーカーの誕生日だと知っていて、嫌がる彼にわざわざついてきたことは言わないで置く。
ヒナはさっさと男の襟首を掴むと、もと来た道をずるずると引きずって歩き始めた。
「何言ってるの?これは貴方と私で捕まえたのよ、手柄を独り占めする気なんて一切ないわ」 「てめぇがそんな奴じゃないことは分かってる」 スモーカーはめずらしく慌てたように言った。 「・・お前に何か買って帰ろうと思ってたんだよ、なのに人の気も知らずに付いてきやがって・・・」 「私に?」 なぜ、と言う前に気が付いた。
2004/3/5
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