てんごくでできている

 

 

「またまた。」
 八百屋のオヤジに向かって、虚ろにそうつぶやいてから、サンジはそう言えばマタマタって食えるんだったかなァと考えた。八百屋のオヤジはそこまでサンジがショックを受けていることも知らぬげに、人のいい笑顔で返した。
 「いや、ホントさ。アンタだって見あたらないから訊いたんだろ?」

 その島には、肉がなかった。

 より正確には食肉の習慣が極めて薄い島だった。わずかな畜産は搾乳のための種で肉は食用に向かず、それでもわずかに出回っている輸入物や野生種の肉はと言えば、鮮度や品質と値段に全く折り合いの付かないものばかり。
 こちらは感動的に見事な穀物・野菜果物類を抱えながら、サンジは途方に暮れた。
 理解は出来る。
 料理の中には、その国の人間にとっては美味とされるが、他国の人間が大抵受け付けない「くせのある料理」というものが存在する。この島の人々は、外の大抵の地において美味とされる「肉料理全般」を受け付けない味として文化から切り捨ててしまったのだ。
 理解は出来るのだが、困る。
 肉料理無しで数週間客を飽きさせない料理を作り続けろ、と言われたのなら、それはやってのけてみせるだろう。だが。
 「サンジィ〜……………。」
 呼ばれ振り向くと、「困る原因」が、最早へこたれていた。
 「……ヘコんでんのはいいが、何でお前腹一杯食ってんだ。」
 「肉売ってねェのか訊いて回ってたらみんな食いもんくれたんだ。」
 正確には、「売ってない」という返答に対してのヘコみっぷりに同情してのことだろうと推測し、よくもまあこんなまるまるとするまで食べ物を与えるもんだと思いつつ、サンジは考え込んで、一度深く煙草の煙を吸ってから吐いた。
 「食える動物、このへんにいるか?」
 サンジの予想に違わず、八百屋のオヤジはルフィの落ち込みぶりに同情し、あっさりと食用になりうるという鳥の棲む山を指で示した。

 「この島はアレだな、地獄だな。」
 「失礼なことを言うな。」
 おまけでもらった甘いと言える香すら放っている完熟したトマトをかじりながら、サンジは山を歩いていた。一旦船に戻り生鮮品類を冷蔵庫に押し込んで、山へとって返した頃には、その背後を歩くルフィの姿は平常通りに戻っていた。
 「それにしても鳥か……何羽捕まえりゃいいもんだかなァ。」
 「積めるだけだ!」
 拳を振り上げて宣言する船長を無視し、姿も食味もニワトリに似ていると聞いた鳥を思いながら山道を進んでいたサンジは、見えたものに対して足を止め、つぶやいた。
 「……何だ、こりゃ。」
 「おォ〜?!」
 横から覗き込んだルフィが一転して目を輝かせて歓声を上げたのに、苦い顔をして料理人が一歩を進む。
 獣道とほぼ直角に交差する、つい最近に作られた道───というよりも。
 「バカデケェ蛇が這いずって行った跡……に、見えるな。」
 「バカデケェ丸太を誰かが引いてった跡じゃねェか?」
 「どんな物好きだよ。」
 「ゾロとか。」
 「そういううっかり納得しそうなことを言うな。」
 上半身裸で修行のために山中を丸太を引きずって歩き、汗だくになってふと立ち止まって左右を見回し、心の中で見覚えのねェトコに出たなとつぶやくゾロを想像してしまい、それを頭を振って記憶から飛ばしたサンジは、倒れた草を引きちぎった。
 「人が引いてるなら、これだけの重さのあるもんだ、足跡も残るだろう。それに倒れた草の中心がもっとすりつぶされたようになってておかしくねェ。これは柔らかいデケェもんが通った跡だ。」
 「いもむしか?」
 「いもむし?」
 今度は道を横切っていく芋虫を幻視して、サンジはそれを目で追った。木々の隙間には尖った石が一つ突きだしていて、そこを避けて通ろうとした芋虫はうっかり逆側の木の根で身体を横に転がしてしまい、あの尖った石が柔らかい腹に刺さって緑色の汁が
 「そういうオゾマシイことも言うな。」
 二の腕から首筋までの鳥肌立った部分をさすりながら、真面目な表情ながら微妙に涙目になっているサンジを見て、ルフィは素直にうなずいた。
 「じゃあ蛇コースで。」

 数分後、そのコース名はどう考えても間違っていたことが判明する。

 それは、確かにニワトリに似ていた。小さな肉のとさかに茶色の羽根、どことなく不敵な面構え。
 だが、ただニワトリに似ているで済ませるにはあまりに、別の生き物に似すぎていた。
 「あァ、さっきの通った跡、コイツのだったんだな。」
 とても納得した様子でルフィがうなずくのに対して、サンジは無反応だった。
 「じゃあ捕まえて食うか!」
 「………………。待て。」
 やる気満々で腕を振り回したルフィの肩を強く掴んで、料理人が微妙に目線を逸らしていたモノについて言及する。
 「ニワトリか?」
 「ニワトリだろ?」
 「ほんっと〜にニワトリか?」
 「ニワトリだな。」
 「ニワトリは……」
 ぎゅうっと指先に力を込めてから、サンジは、異議を申し立てた。
 「胴体が長くてそこからやたらと生えている足をキレイなウェーブで動かしながら前進したりしねェ。」
 「じゃ何だ?」
 「ムカデだろ!」
 「ムカデはとさかも羽根も生えてないぞ。」
 「ともかく!ああいう鳥類の常識から外れた胴体と足の生物はおれは断じてニワトリだとは認めねェ!」
 「でも肉は肉だろ?」
 「料理したくねェし!腹ァ割いたらわらわら子ムカデが出てきたらどうすんだよ!」
 「ムカデの腹割いても出てくんのは卵だぞ?」
 「想像させんなー!!」
 半泣きでまた腕の鳥肌をこすりながら叫んだサンジに、ルフィは横を指さした。
 「それにもう、騒いでるからアイツこっちに気ィ付いて威嚇してるぞ。」

 してた。

 「肉たくさん獲ってきたぞー!」
 元気よく叫びながら船長が引きずってきたもののひとつを見て、チョッパーが丸い目を瞬いた。
 「……どうしたんだ?サンジ。」
 襟首をつかまれてずるずる引かれているサンジは、顔を真下に向けてぶつぶつと「おれは断じてこれが肉だとは認めねェ」と繰り返していた。
 「……まあ、食文化の不一致だな。」
 なんかもっともらしいことを言っているルフィに、曖昧にうなずいたチョッパーは、続けて船長が聞いた言葉に、今度ははっきりと首をかしげた。
 「なあ、この長ェニワトリ、肉にしてほしいんだけどよ、ゾロどこだ?」
 「え?ゾロはまだ帰ってきてないぞ?」

 そのころ、上半身裸で修行のために山中を丸太を引きずって歩き、汗だくになってふと立ち止まって左右を見回したゾロは、心の中で見覚えのねェトコに出たなとつぶやいていた。

 

 

 

書守洋人様のRosaAlbaにて14,759番を踏んだ花田はこれを「必死なコック」と理解。
さっそくおもしろがって報告したところ、書守さんは快くリクを受け付けてくださいましたv
そしてリクはもちろん「必死なサンジ」
すごい必死。サンジが必死なら帰り道のわからないゾロも必死。絶対死ぬって!
書守さんほんとにありがとうございました!!なんまらおもしろいっすぅ!!

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