人命救助

 

 

冬の晴れた空は冷たく澄んでいる。
寒い日のメガネは、体温で曇ってしまって役に立たない。


「置いてけ」


ルフィのあごの振動がナミの肩に伝わる。
海の中で、ルフィは役に立たない。


「うるさい!」


ナミはありったけの声を絞り出す。

「こっちの方角に島があることはわかってんだから!泳げばそのうち着くわよ黙ってて!」

仰向けのルフィを脇に抱えて、ナミはひたすら泳いでいる。
力の抜けた人間の重さを味わうのは久しぶりだな、とナミは思った。
ずり落ちるメガネをしっかりと鼻に押し付ける。
浮力の力を借りても、まだこれだけ重いなんて。

人間って重い。


「はぁっ、はぁっ・・・・」

「ナミ」

着の身着のまま海に落ちてから、もうどれくらい経っただろうか。
冷たい海は間断なくナミを攻め立てる。
その痛いほどの塩辛さにナミの喉は悲鳴をあげている。
それでもナミは、痺れて硬い筋肉を動かし続けた。


「お前って意外に力あんだなぁ」

ルフィは呟くように喋った。

「あ、意外でもねぇか。ナミの蹴り食らってゾロ死にかけたもんな」

フフ、と笑う白い息がナミのうなじを暖めた。

「なぁ、手ぇ離せよ」

ナミは濡れてすぐにずれ落ちるメガネを、更に強く押し戻す。

「こっちに島があるってもよ、なーんも見えねーじゃんか」

「・・・・・っは・・・」

ナミの荒い呼吸にメガネは曇ったままだ。
ルフィとナミの周りには、360度水平線が広がっている。

「お前のことだから島までどれくらいかわかってんだろ?」

波はおだやかで、空はどこまでも高く広い。

「うるさい・・・・!」

「さっきっからちっとも進んでないぞ」

ずり落ちたメガネはナミの鼻頭で危うく止まっている。

「・・はっ・・・・・」

「なぁナミ」

ルフィは小さく息を吐く。


「お前一人ならなんとかなる」   

「っはぁ」

「手、離せ」   

「・・・っはぁ」 

「離せ」

「だまりなさいよ!!」


ナミは叫ぶとルフィを強く抱きしめた。


「あんた私を一人にするつもりなの!?

こーしてれば熱が伝わってきて暖かいし、大体化け物に襲われたらどーすんのよ!

私はこんなところで死ぬなんてごめんよ!あんたが食べられてる間に逃げるからね!」


そしてルフィの脇に手を入れて真正面に向かい合う。


「それぐらいの役には立ってよ役立たず!!」


ルフィは笑っていた。


「ししっ、おれエサか!」

ナミの歯はがちがちと音を立てている。
青紫になった唇を強く噛み締めた。

しばしの睨みあい。


「わりぃなぁナミ」


ルフィはゆっくりとした動きで唇を合わせた。
ほどけたナミの口に息を吹き込む。

「帽子、あずかってくれ」

ルフィは唇を触れ合わせたまま囁いた。

ナミは肺を酸素で満たすと、固くつむっていた目を開いた。
ゆっくりと息を吐き出す。
麦藁帽子をルフィの後ろ頭から脱がせ、自分の頭に深くかぶる。

つばは細かく震えていた。


「代わりにそのメガネくれよ」

「・・バカね」

ナミはいったんうつむいて笑うと、氷のように冷えたメガネをルフィにかけてやった。

「似合うだろ」

ルフィも笑った。


メガネは、曇らない。


「そのメガネ、高かったんだから絶対になくさないでよ!」

ナミは再び泳ぎはじめた。
海の水が暖かくて気持ちいい。
太陽は涼しそうに風を受けていた。


「あぁ、絶対なくさねぇよ」

 

 

 

2003年ルフィ誕生日企画作品
キーワードは「鬼畜ルフィ」「ナミ」「眼鏡」「海の上」

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