独り言

 

 

「うまいコーヒーが飲みてぇな」

キッチンを出ながら、なんとなしに呟いた。
もちろん、独り言に返事をするような奴もいない。

ドアの向こうはすっかり冷えこんでいて、空気を吸い込んだ鼻の先が痛い。
その上、あいにくと月の見えない曇り空。
波の音のしない、光もない海の上で、今夜は何かが起こりそうな予感がする。

キッチンから出たその足で見張り台へ上った。
梯子を上るにつれ、視界に入るのは海と空の境目もわからない暗闇だけになってくる。
気温以上に寒気を感じて、ぶるっと身体を震わせた。
常備している毛布を身体に巻きつけて、一心地つける。
オイルランプに照らされて、吐いた息が白く伸び、暗闇へと消えていった。
見張りだか瞑想だか、時間を潰していると、誰かがブーツで梯子を上ってくる音がした。
しばらくすると、ウソップの鼻がひょっこり覗く。

「差し入れ、持ってきたぞ」

差し出されたバスケットの中には、いつもの夜食が入っていた。
きゅうりが挟まったサンドウィッチ、胡椒の効いた辛いサラミ、ホットワインの入った魔法瓶。

そして、見慣れない魔法瓶がもう一つ。

「これ、中身はなんだ?」

「ああ、コーヒーだってよ」

後はまかせたぜ、とウソップは梯子を降りていった。
蓋を外して魔法瓶を傾けると、香ばしい匂いが辺りに立ち込める。
一気に喉へ流し込んだ。
じわりと苦味が口に広がって、二杯目を継ぎ足しながら、うまい、と口だけを動かす。
暗闇の中で飲むコーヒーは、夜をそのまま飲み込んでいるような味がする。
吐く息がますます白い。今夜は何かが起こりそうな予感がする。

自分がコーヒーを飲みたがるなんて滅多にないことだとしても…

「独り言に返事すんなよ」

相槌を打つように、微かな風が耳をくすぐって波音を立てた。

 

2004/7/29

 

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