ユートピア大作戦☆

 

 

女部屋で本棚の整理をしていたナミの手が止まった。


「ロビン。本棚にこんなの入ってたんだけど、あんたの・・・?」

そういってナミが手に持っていた雑誌は、アラバスタで最も売れていた娯楽雑誌だった。

表紙には爽やかなのか腹黒いのか、判別のつきづらい笑顔のクロコダイルが映っている。

「・・・懐かしいわね」

机で行儀良く本を読んでいたロビンは、ナミの差し出す雑誌を受け取るとおもむろにページを開いた。
ナミは興味津津の顔でロビンの横に椅子を持ってくると、開かれたページを覗きこんだ。

 

 

 

 

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インタビュアー(以下イ)『初めましてサー・クロコダイル様。インタビューをお受けになってくださって誠にありがとうございます』

サー・クロコダイル(以下ク)『こちらこそ。こんな大手からのインタビューの仕事が来るとは思ってなかったからな、光栄だ』


(ここで砂の英雄と握手。インタビュアーは感動で震えるこぶしを隠すことが出来ない)


イ『すみません緊張してしまって・・・(赤面) それではまず、クロコダイル様はなぜこの国にいらしたのですか?』

ク『クハハ(微苦笑) もうみんな知ってるだろ?俺と砂の相性がいいからだ。それ以外に理由はない』

イ『スナスナの実の能力者でいらっしゃいますからね!あの、能力を見せていただきたいのですが、・・』


(インタビュアーが言い終える前に、クロコダイル様は全身を砂に変えるとまた元の姿に戻った)


イ『す、すごいっ!本当に砂になった!!!(興奮)』

ク『そんなに喜んでもらえるとはな・・。では取っておきのやつを見せてやろう、・・・どうだ?』

イ『・・あの、どこが取っておきなのでしょうか・・・?』

ク『見てるところが違うぜ、ここだここ』


(そう言ってクロコダイル様が指し示したのは
御自分の股間!なんと、局地的な砂嵐を起こして自らモザイクをおかけになったのだ!!)


イ『す、素晴らしい!流石はクロコダイル様修正いらず!!服の上からでもフェロモンを発揮なさっている御自分にモザイクをおかけになるとは・・・!・・しかし、女性ファンからの不満の声が聞こえてきそうですが・・・?(苦笑)』

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「キモッ!」


ナミはそこまで読み終えると、我慢できずに顔を上げて叫んだ。

「ちょっとロビンなんなのよこれ!!?」

涼しげな顔でページをめくったロビンは、どこか切ない表情で微笑んだ。


「彼はいつでも気にしてたの、あそこのこと・・・。こんな風にふざけているけど、私には痛いくらい伝わってきてた」

「いやそれは聞いてない」

ナミは蒼白な顔で光速スピードのつっこみを入れた。


「お願い、彼をわかってあげて・・・・」


ロビンは俯くと、震える手で目頭を押さえた。

「ロビン・・・」

ナミは今までロビンのこんな姿を見たことがなかったため、演技かもしれないと思いつつも動揺を抑えきれない。
そしてつい、ロビンがタイミング良くナミの方に押し出した記事の続きを読んでしまった。

 

 

 

 

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イ『・・・・あぁ!!ク、クロコダイル様万歳!!(涙を流して平伏)』

ク『フフ・・・まぁこれぐらいで勘弁してやろう(額の汗を拭う) 次の質問はなんだ?』

イ『あ、あのですね、一番気になる質問ですぅ・・!理想の女性のタイプをお聞かせ願えますかぁ!?』

ク『理想ね。というと理想郷だな、言い換えればユートピア、・・・素晴らしい響きだ(うっとりとした表情)』

イ『ユートピアですか!』

ク『そう、ユートピアだ』


(ここで、余りあるほどに長いその御足を組み替えなさる。インタビュアーは鼻血が止まらずに出血死寸前だ!)


イ『クロコダイル様にとってのユートピアとは、どんなところでしょう?』

ク『そうだな、従順な女が一人居ればそれでいい。それと権力。あ〜、あと金もいるな、葉巻も絶対だ』

イ『従順な女性とは、例えば関係が噂されているカジノのマネージャーでしょうか?』

ク『ん?あいつか・・・噂になってるとは知らなかったぜ。だがあいつは駄目だ、何しろボタン付けが出来ねぇからな』

イ『ボタン付けが出来る女性がお好きなんですか!?(興奮)』

ク『ボタン付けに限らず家事一般が出来る女でないと駄目だ。ユートピアにそれ以外の女はいらねぇ』

イ『母親のようにお優しく、かいがいしい方が良いと?』

ク『むしろ俺のママンが永遠の理想だ』


(インタビュアーは、母親想いのクロコダイル様に感動して何も言えずにいる。クロコダイル様の目じりにも一粒光るものが・・・!)

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「・・・嫌だわ」

ロビンは眉間にしわをよせて雑誌を閉じた。

「私だってボタン付けくらい出来るのに」

ナミはもはやつっこむ気力もないのか、疲れた表情でロビンの憂い顔を見ている。


「これじゃ私が何も出来ないみたいね、ちょっと訂正してもらわなきゃ」

そう言うとロビンは、室内なのにかぶっていた帽子を脱いで、中から電々虫を取り出した。


――わぁすごい!


ナミが少々涙目で驚いている間に、電々虫の口からは低く色気の漂う声が聞こえてきた

 

『誰だ・・・』

 

「久しぶりね、Mr.0」

『なんだてめぇか。一体何の用だ?』

「捕まってるはずなのになんで電話が通じてるのよ!?有り得ないわ!!」

ナミは思わず頭を抱えた。


「航海士さん、前にも言ったでしょう。『この海では、疑うべきものはむしろ頭の中にある”常識”の方』、って」


少し厳しい表情で忠告するロビンからは、何に対してだかは不明の百戦錬磨のオーラが漂っている。


――グランドラインには魔物がいるってよ

 


ナミは瞬間的に良心的な村人の忠告を思い出すと、慎重に椅子から体を浮かせようとした。


『そこにいるのは橙色の髪のお嬢ちゃんか』


「ええそうよ。・・あら、そういえば貴方の好みにぴったりね彼女。裁縫も料理も出来るし、何よりすごい航海士だもの、文句なしね」

『ホォ、顔もなかなかだったな・・・。よし、お前にはユートピア大作戦☆の要となる<Miss.マザーズデイ>の称号を授けよう。くぁーはっはっはっはっはっ・・!!』

「そういえば、彼女今日が誕生日なのよ」

『何だと!?わかった今からそちらに向かう・・・!!』


 

がちゃんっ 

つーっつーっつーっ・・・・・


 

「だそうよ。すごいわMiss.マザーズデイに選ばれるなんて、おめでとう」

ロビンはにっこり笑いながら、目もくれずに雑誌をゴミ箱に投げ入れた。
その横で、ナミはすっかり白くなっている。

「それはどうも・・・、それより最後の一言が気になるんですけど・・・」

来れるはずがない、とは思いつつもナミは不安な気持ちで立ち上がったロビンを仰ぎ見る。

「彼は一度獲物を決めたら、計画が成功するまで離さないわよ」

「どういう・・・?」

「言わなくても経験済みでしょう?」

ロビンは不安気なナミを背に、さっさと部屋を出ていった。

 

 

 

 

「もしもし?」

『・・・どうだ様子は?』

ロビンは手のひらに電々虫を乗せると、女部屋のドアにもたれ掛かった。

「かなり強い印象を与えたと思うわ」


『そうか!!それは何よりだ、流石だなニコ・ロビン』


電々虫が顔を真っ赤にして大声で叫んだ。
ロビンはそれを見越していたのか電々虫の口を軽くふさいでいる。

めったに感情を露わにしない男が顔を赤くして興奮している姿を思い浮かべて、ロビンはくすりと笑った。

「どうも。それにしても貴方が一目惚れなんてね・・・?」

『最初あの女を見た時、胃から心臓までありとあらゆる臓物が口から飛び出しそうになるほどの衝撃を受けたぜ・・・』

「そうね、実際少し出ていたわ」

『だろう?全く・・・、この俺様があんな小娘と、にゃ、・・・にゃんにゃん出来る日を夢見てるなんて!!笑い話にもなりゃしねぇ』


――確か16歳差だったかしら

ロビンは、このジェネレーションギャップを埋めるにあたっては神の手を借りなければならないと思った。


『じゃあ引き続き頼むぜ。俺が毎晩夢に出るくらいの印象を与えておけ』

「はい、サー・クロコダイル」

 


ロビンは電々虫を元の場所に戻すと、大きくため息をついた。

「恋をすると、人とはこんな風になるものなのかしら」

――でも

 

「うらやましい気がするのは何故?」

背後の女部屋からは、ナミの苦悶の声が響いてきている。
ロビンはめずらしく見せる女の表情で微笑むと、軽く跳ねるような足取りでキッチンへと向かった。

 

03/7/1    意味がわからん

   

 

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