ゆずれないもの
マフィアの頂点に君臨する人物ほど縁起を気にする。やくざの家具は全て風水占いに沿って配置されてたりする。 これまで闇の世界で生きてきたロビンも、例にもれず験を担ぐ性質だった。 先日、夕食に毛がにの刺身が出た。
「今年初めての毛がにですよ〜!!」 サンジがにこやかに言いながら、皿をロビンの前に置く。 その時ロビンは、つい毛がにが乗った皿を凝視してしまったのだがサンジは気付かなかった。 幼い頃から闇の裏舞台で活躍してきたロビンが、19年やそこら生きてきた若造に表情を読み取られるはずもない。 瞬時に自然な、決して作ったようには見えない笑顔を顔に乗せてサンジを労った。 サンジは満面の笑みで鼻の下を伸ばしている。
さて、騒々しい食事がいつものように始まった。 凄まじいスピードでテーブルの上の料理が減っていく中で、ロビンは毛がにに手を出そうとしない。 食事中、レディーの好みを熟知するべく気を使っているサンジはやっとそれに気が付いた。 ・・・ひょっとしてロビンちゃんは毛がにが嫌いだったのか!?カニのくせに毛が生えてるのがダメだとか?? サンジは、普段使わない頭をフル回転して考えていた。 他の料理は上品に口に運んでいるのに、一向毛がにが減りそうな気配はない。 このままだと、それに気付いたルフィが横から食ってしまうに違いない。せっかく初物をキレイに活け造りにしたのに。 しかも食べやすいように足の1本、1本に切れ目を入れてあるのに。 確かにロビンとナミの皿には、やたら豪華に飾り切りされたニンジンや大根や菊の花が乗っている。 一体どこから菊の花を手に入れてきたのだろうか。実は趣味がガーデニングなのか。 それよりなにより、菊はガーデニングの対象になり得るのか。 まだロビンは毛がにを口にしない。ルフィがロビンの手付かずの皿を見た。 「そのカニ、いらないならオレにくれよ!」 サンジの恐れていたことがついに起きてしまったのだ。 だが、ロビンの返事は予想を裏切ってキッパリしたものだった。 「私、毛がに大好きよ」 何だ、毛がに好きなんじゃないか!しかも大好き!! サンジの表情がパ〜っと明るくなった。 さっきまでロビンの様子が気がかりで食事に専念できなかったが、これでゆっくりできるというものだ。 そして、サンジもまた気付いたのだった。 自分の前にある皿に何も乗っていないということに。
「・・・てめーら、人の分まで食ってんじゃねーよ!アンチマナーキックコース!!!」 「ぎゃー!」 ウソップとチョッパーが、ルフィへの攻撃に巻き込まれて吹っ飛んだ。 「サンジくん静かにしてよ!」 「ナミすゎ〜ん!だってこいつらが悪いんですよ〜!!」 サンジの涙ながらの主張もナミの耳には届かなかった。殻を剥くのに夢中だったのだ。 「今テーブルがひっくり返ったら船から叩き落すわよ!!」 「怒ったナミさんもステキだァ〜vvv」 「ったく。うるせー奴らだぜ」 食事中に口を開いてはいけません、と厳しく躾けられてきたゾロは、満腹の腹をさすりながら言った。
船首は東を向いている。目指すはひとつなぎの財宝。 グランドラインに方角が関係あるのか、という突っ込みはこの際聞こえなかったことにしよう。 微笑ましげにクルーを見ていたロビンは、進路の方向を向いて毛がにの剥き身を口に運び、静かに笑った。 「ほほほ」
初物を食べる時、東を向いて笑うと75日長生きができるのだという。 そろそろ終盤に差し掛かろうとしている夕食の混乱した状況に、その声は飲まれていった・・・
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