女の子、男の子

 

 

「・・・誰か居んのか?」

「イエス、誰かいます」


「なんやさんやん、ってさんかいな!」


屋上の地面の上には、3メートル立法の箱みたいのが端と端に2つある。
2つとも同じ作りで、箱の内側に扉があって、その向かいの面の後ろには空が広がっている。

私は吸っていた煙草を灰皿の上に置き、そのまま這いずって箱の下を覗き込んだ。


「忍足じゃん。部活は?」

下には予想通りの眼鏡少年が、制服を着て立っていた。私の顔を見上げると、眩しそうに目を細める。

忍足の後ろには、彼とそれに覆いかぶるように私の影が伸びていた。
夕日が眩しいくらいに赤くていい天気だ。

「今日は自主練や。下級生はこんな時しか練習できへんからな、心優しい忍足君はコートを譲ってやってるわけ」

忍足は大げさに肩をすくめると、両手をポケットに入れたままあごで私の居る位置を示した。

「そこ行ってもええか?」

「どーぞ〜。3人までなら余裕で寝そべれるよ」

私は箱の後ろの方へと下がった。
5秒後に、忍足がひょいっと箱の上に現れた。

そして足を前方に伸ばして座っている私を一瞥したあと、その私の手前に視線をスライドさせた。


「やっぱり」


「何が?」

「煙草。それになんや酒くさいでさん?」

忍足は私の横に座ると、煙草やら本やらお弁当箱やらが入ったバケットから、軽量型で1リットルは入る私のお気に入りの水筒を取り出して、中の匂いを嗅いだ。

「うぉ!これ日本酒やん!しかも半分以上減っとるし!全部一人で飲んだん?」

「うん、だから今酔ってまーす☆」

私は忍足ににっこり微笑むと、敬礼をしながら煙草に手を伸ばした。

「眼鏡は?本読んでるみたいやけど」

「なくてもあってもそんなに視力変わらないんだねこれが、つまり伊達?」

忍足はそこではぁ、っとため息をついた。

「髪は真っ黒で後ろに一つ、しかも眼鏡でスカート膝丈。見た目だけは完璧に優等生やのになぁ・・・」

「その言葉そっくり忍足に返すよ」

背後に敷いてある枕と敷き布団代わりの鞄とジャージに寝転がる。


「忍足も飲んでいいし吸っていいよ〜。あ、本もお好きなのをどーぞ」

私はふわふわしてるくせに変に重く感じる頭でけたけた笑うと、読みかけの本を頭の上にかざした。

私の笑い声が絶えてしまうと、屋上はしんとした空気に包まれた。
時々下の方から、生徒達のちょっと遠い笑い声なんかが聞こえてきている。

 

 

静かだなぁ。

静かで、なのに横には忍足が居て、邪魔じゃない。
むしろこの空気が気持ちいいなぁ。


私は酔った頭でぼんやりとそんなことを思っていた。


あと、忍足もそう思ってるといいんだけど。

そしたら最高じゃん。

何がだかわかんないけど。

 

煙草の匂いに、ふと忍足の方を見る。
私は寝転がってるけど忍足はあぐらをかいて座ってるので、ほとんど背中しか見えない。

でも、夕焼け色に染まったシャツとか、ちょっと丸まってる背中とか、風になびく髪とか。

 

「かーっこいい忍足〜」

 

「はぁ?急になんやねん」

忍足は間抜けな声を出すと、首だけ後ろをふり返った。

「まったくどうしようもあらへんわ。校内飲酒常習犯の酔っ払い。しかも女の子」

だらしなく寝転がってる私に見せつけるように深いため息をつく。
私は上半身を起こして忍足の顔を覗き込んだ。

「なんで常習犯ってわかった?」

「そらわかるわ。慣れとるもん」

「あっそ。それにしても・・・この光景を跡部とか宍戸辺りが見たらなんて言うかねぇ」

私はその光景を想像しながらにやにやして言った。
忍足も意地悪気に微笑む。


「きっと絶句するやろな。特に跡部、あいつ女に夢見とるし、周りの女もそれに応えてるやん。こんなことしてる女がいるなんて想像もできんとちゃうか」

「だよね!女だってやりたいことをやりたいようにやってるって知らないんだあの2人は。その点私は兄貴が居るから男に夢を見るようなことはないっと」

自慢げに言った私に、忍足は思いっきり笑ってみせた。


「しかもスカートであぐらかいとるし!最悪やな!」


そしてあぁ、おもろい、と呟きながら涙を拭った。


笑いすぎじゃん忍足?


忍足は眼鏡を直すと、気がついたように私を見た。

さん兄貴が居るんやな、だから男言葉喋るんか」

「兄貴が2人もいるとね〜、やっぱ移っちゃう。しかも喋りやすいんだよこれが!」

「もう女やないわ自分」

「自分でもそー思ってますから☆」

私と忍足はげらげら笑った。


ふと見ると、紙コップに入っていた酒が丸々なくなっている。
忍足も酔いはじめてるんじゃーん。仲間仲間。

「あー、笑った」

私はまたもや後ろに倒れこんだ。
風圧でスカートがめくれる感じがしたが、別に太ももまでだしブルマ履いてるし、いっか。

目を閉じて空気を吸い込む。


「酒と煙草臭い」


「全部自分が原因やろ」

忍足がおかしそうに言った。
声が途中で大きくなったので、こちらを振り返りながら言ったことがわかる。

 

一瞬、今まで柔らかかった空気が固くなった気がした。

 

私は目を閉じたままでその原因を探る。
と、それはすぐにわかった。


忍足だ。

忍足が私を見ている。

というより、肌蹴てしまった私の太もも辺りを。


視線って、目を閉じててもこんなに感じるものなのか。
それとも目を閉じてるから逆に感じるものなのか。


私は、足元の頼りなさにいまさら気が付いた。

風ですーすーしてる。


スカートを直してしまいたいのだが、意識していると思われたら余計空気が重くなりそうだ。


私は体を固くして、じっと動かずに横たわっていた。

 

 

 

03/9/3