道徳

 

 

授業中でも喋りたい時に喋る跡部様は、かなり不機嫌そうなまま、しかしそれ以上は何も言わずに席に座った。
私は忍足の顔を凝視していたので、微妙に遅れて着席する。

クラスのほとんどの目が私の方を向いていたらしいが、私は驚いていたせいで全くそれに気づかなかった。

私に発言を求めた先生は、いまだ凍り付いているかのように蒼白なまま動かない。

 


今は道徳の時間で、さきほどから議論している話のあらすじはこうだ。

臨海学校で明日は登山という夜、体力に自信のある5人組の男子が、早く寝ろという先生に反発、トランプをして夜更かしをした。

朝になって山に登ったところその5人組、最初は元気よく登っていたが、最後の方は結局よろよろになって下山、しかしなんとかその日の予定は全てこなした。

昨夜ほぼ寝ていないと聞いた友人達は口々に

「さすがあの5人組」
「よく歩けたな」

などど感心していたが、ある一人の男子だけは、

「そんなのちっともえらくない。彼らは山に来る資格がない」

ときっぱりと言った。

 

その話を読み終わった先生は、まず目が合った私に意見をもとめた。

ちなみにこの先生は今年赴任したばかりの若い女の先生だ。
でなければ、よりによって道徳の時間に私を当てたりしない。

「先生と、生徒5人の意見はどのように違うと思いますか?」

私は読んでいた文庫を、さりげなく机の中へ仕舞いながら立ち上がった。


「同じだと思います」


「同じ?先生と生徒の意見が?」

先生はびっくりした表情で、私の言ったことを繰り返して聞いた。

「はい。早く生徒を眠らせて酒盛りをしたい先生と、先生は放っておいてトランプで遊びたい生徒の気持ちは同じだと思います」

この台詞でクラス中が笑い出した。
中にはそうだそうだと私に賛成意見を示す人もいる。

さん、私が聞きたいのはそういう事じゃなくて・・・」


「うっせーな黙れよ」


笑いが益々大きくなる中で先生がどうにか笑いを沈めようと口を開いた次の瞬間、跡部も口を開いた。
クラス中が静まり返り、先生も青ざめて黙ってしまった。

クラスの奴らに言ったのか先生に言ったのか微妙な路線だ。

跡部は周りの視線を集めるようにゆっくりと立ち上がると、人を馬鹿にしたような目でこちらを見ながら喋りだした。

、てめぇも発想が貧困な奴だな」

「は?」

跡部が何を言いたいのかわからない。
だいたいあいつが私の名前を知っていることに驚いた。

「酒盛り?そんなの校長辺りにでもやらせときゃいいんだよ。それよりも・・・」

跡部は青くなっている先生をちらりと見た。


「ヤる方が優先に決まってんだろ、何しろ仕事中ですら我慢できないらしいからなぁ」


この台詞で先生の顔が青から赤になった。
というよりも、青と赤が混じった土気色に。

跡部の遠まわしな表現に、首を傾げる生徒、くすくす笑う生徒もいれば、意味もわからず跡部につられてにやにや笑う生徒もいる。


私は少し腹が立っていた。

それは、決して先生を侮辱したという理由からではなく、単純に馬鹿にされたからだ。
負けず嫌いの虫が腹の底でうごめいているのを感じた。


「跡部、あんたの発想の方がどうかと思うよ」


私は立ったまま跡部をにらみつけた。

それまで先生の反応を楽しそうに見学していた跡部がこちらを振り向く。
どうもこの先生の弱みを握っているようだ。

こいつ、性格が最高に最悪じゃん?

「あ?んだと?」

「発想が貧困なのはあんただって言ったの。日本語分ります?」

跡部の顔が厳しくなる。
美形が怒るとすばらしく怖いということを知ったのはいいが、今は負けられない。

「ヤるって何をやるの?主語を抜かして喋られるとすっごい迷惑なんだけど。クラスのみんながわかるように説明してくれない?」

私はこれでもかというくらいに笑顔を作って言った。

「・・・・ぶっ」

静かだった教室に、誰かの笑い声が響いた。


「っは、はははは!」


「何笑ってんだよ忍足」

跡部がおもしろくなさそうに聞いた。
私は怒りの矛先が変わったことに少しほっとした。

「いや」

忍足は口元を手で覆うと、微かに笑いの余韻を残す声で応えた。

 

さんておもろいな、と思って」

 

意味分らん。

私は静かに心の中でツッコミを入れた。
関西人のくせに東京人の私にツッコミを入れられてどうするんだ忍足。

 

しかし私が悠長にツッコミを入れたこの一言が、私の今後の生活をがらりと変えるものになるとは、この時全く予想できなかった。


ちなみに先生は、チャイムが鳴った瞬間に教室を飛び出していった。
ごめんなさい、すっかり無視してました。

でも私のせいじゃなくて、全ては跡部のせいだ!!
どうか呼び出し食らいませんように・・・。

 

 

 


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