どこが好き?
あれ?あれれ? ない。 ロッカーも机も、跡部のロッカーまで探した(無断)のに、ない。
しかも予想通りチャイムぎりぎりまでお説教されたし。 あんま聞いてなかったけど。
で、机の上の教科書が消えていたと。 あー、チャイムが鳴ってしまった。 私は仕方なく、手ぶらで音楽室へと走った。
「 」 「はいっ!!」 音楽室に着いた瞬間名前を呼ばれたので、とっさに返事をした。 榊太郎がピアノの椅子に座って、出席簿を手にこっちを向いた。
「席に着け」 職員室にぎりぎりまでいたところを見られていたので、特に怒られずにすんだようだ。
そして私はアルトの一番前に座っている。太郎の1メートルほど左横に。 あいーたたた、これじゃ教科書持ってないの丸見えじゃん☆
女子は横に7人くらい並んで2列だけど、男子は3列ある。 そういえば前に、向日はアルトでもいけると思う、って言ったらかなりショックを受けてたな向日。
んじゃ私の教科書どこよ?
私がまだ息を弾ませながら考えていると、太郎の声が聞こえてきた。
目の前で先生の手が滑らかに鍵盤の上を走るのを見ながら、私は切なくなっていた。 ぼーっとしてるのも変なので、とりあえず口パクしてみる。
やべ、にやにやしてるとこ見られちゃった。
なんだろう。 周りも不思議そうにざわついている。
なんか、対面にいるソプラノ数名、私見てにやついてない? あいつらが犯人だ。 くっそぅ!授業中じゃなきゃ泣くまで問い詰めてやるのに・・・!!
びっくりして顔を上げると、太郎がいつもの無表情で立っていた。 「これを使え」 「あ、ありがとうございます」 私はかなりの間抜けな表情で見上げていたに違いない。 裏返すと、名前の欄には大変流暢な字で「榊太郎」と書いてあった。
この人律儀に名前書いてらっしゃるーーー!!
私は全員が音楽室から出たのを見送ると、椅子に座っている太郎に教科書を返した。 「あぁ。教科書はどうした 、忘れたのか?」 先生は教科書を受け取ると、今更のように聞いてきた。
忘れたと言っても良かったが、嫌われたくなかったので正直に言った。 「いつ頃だ?」 「さっき机の上に置いておいたのが、戻ってきたらなくなってました。結構探したんですけど見つからなくて」 太郎は組んでいた足をほどくと、少し考えるように眉をひそめた。 「こんな中途半端な時期では教科書は売ってないな」 「そうですねぇ、どうしましょうか」 私は人事のように言った。 「・・・ふむ。、これをやろう。私はもう1冊持っているから必要ない」 「え、ほんとですか?」 予想外の展開だ。 「お金とかは・・・?」 「必要ない」 そう言うと、また間抜け顔をさらしている私に、太郎は教科書を渡した。
そういう先生と二人で微笑みあう時間ってのは、たまらなく私を幸せにさせる。 先生は立ち上がって私の頭を優しくひと撫でした。
私の胸には、大好きな音楽の教科書。 私はいらいらしていたのも忘れて、ものすごい幸せを噛み締めながら教室へと帰った。
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