どこが好き?

 

 

あれ?あれれ?

ない。

ロッカーも机も、跡部のロッカーまで探した(無断)のに、ない。


昼休み、私はご飯を食べ終わると、呼ばれていた職員室へと向かった。
時間がかかりそうだったから、ちゃんと机の上に音楽の教科書用意しといたのにな〜?

しかも予想通りチャイムぎりぎりまでお説教されたし。

あんま聞いてなかったけど。


戻ってきたら教室は無人だった。

で、机の上の教科書が消えていたと。

あー、チャイムが鳴ってしまった。
音楽の時間は遅刻早退欠席しないと誓ったのにー!!

私は仕方なく、手ぶらで音楽室へと走った。

 

「はいっ!!」

音楽室に着いた瞬間名前を呼ばれたので、とっさに返事をした。

榊太郎がピアノの椅子に座って、出席簿を手にこっちを向いた。
相変わらず素晴らしく高そうな服を着ている。アルマーニか?


でも、太郎の服のセンスは好きだ。


先生として的確な服装かどうかは別として。
(ちなみに太郎と呼ぶのが生徒間での慣わしである)

「席に着け」

職員室にぎりぎりまでいたところを見られていたので、特に怒られずにすんだようだ。
ラッキー。
つかぎりぎりまで拘束すんな生徒を。


音楽の授業は席が、ソプラノ、アルト、テノール、バスに分かれて決められている。
太郎のいるピアノの左右にソプラノとアルト、正面にテノールとバス。

そして私はアルトの一番前に座っている。太郎の1メートルほど左横に。

あいーたたた、これじゃ教科書持ってないの丸見えじゃん☆
しかも今日は新しい曲やるから歌詞がまったくわかりません★


私は、さりげなく跡部達の方を伺った。

女子は横に7人くらい並んで2列だけど、男子は3列ある。
ちなみに向日以外みんなバス。

そういえば前に、向日はアルトでもいけると思う、って言ったらかなりショックを受けてたな向日。


誰かが教科書を2冊持ってる光景は目に入らない。
跡部を中心に、後ろの席を陣取って何か話している。
まぁ、あいつらがそんなことするわけもないか。

んじゃ私の教科書どこよ?


「全員起立、新しい曲を合わせるぞ」

私がまだ息を弾ませながら考えていると、太郎の声が聞こえてきた。


あぁ、歌えない。

目の前で先生の手が滑らかに鍵盤の上を走るのを見ながら、私は切なくなっていた。
私の唯一のストレス解消の時間が・・・・!

ぼーっとしてるのも変なので、とりあえず口パクしてみる。
そして明らかに違う歌詞を、メロディーに無理矢理合わせて歌ってみる。


あ、これ意外とおもしろい。


先生がちらりとこっちを見た。

やべ、にやにやしてるとこ見られちゃった。
それより全然違う歌詞歌ってるのが聞こえたのかも、太郎耳いいし。


先生は一番を弾き終えると、さっと席を立って準備室へと行ってしまった。

なんだろう。

周りも不思議そうにざわついている。


・・ん?

なんか、対面にいるソプラノ数名、私見てにやついてない?
黒いオーラを感じる笑い方に、嫌でもピンときた。

あいつらが犯人だ。

くっそぅ!授業中じゃなきゃ泣くまで問い詰めてやるのに・・・!!


と、対面を睨みつけていた私の目の前に教科書が差し出された。
ついでにふわりと香水の香りがした。
苦いような甘いような、柑橘系の香りだ。

びっくりして顔を上げると、太郎がいつもの無表情で立っていた。
いつの間に!

「これを使え」

「あ、ありがとうございます」

私はかなりの間抜けな表情で見上げていたに違いない。
太郎は微笑してから椅子に座った。

裏返すと、名前の欄には大変流暢な字で「榊太郎」と書いてあった。


ぶはっ!!!

この人律儀に名前書いてらっしゃるーーー!!


せっかく借りた教科書も、その教科書が原因となって、あまり集中できないまま授業は終わった。

 


「先生、教科書ありがとうございました」

私は全員が音楽室から出たのを見送ると、椅子に座っている太郎に教科書を返した。
またあの柑橘系の香りがする。
なんていう香水なのか今度聞いてみよう。

「あぁ。教科書はどうした 、忘れたのか?」

先生は教科書を受け取ると、今更のように聞いてきた。
たぶん、授業時間を取らせたくなくて何も言わずに貸してくれたんだろう。


太郎のこういう音楽に対する真面目な態度がものすごく好きだ。


「それがなくしてしまったみたいで」

忘れたと言っても良かったが、嫌われたくなかったので正直に言った。

「いつ頃だ?」

「さっき机の上に置いておいたのが、戻ってきたらなくなってました。結構探したんですけど見つからなくて」

太郎は組んでいた足をほどくと、少し考えるように眉をひそめた。

「こんな中途半端な時期では教科書は売ってないな」

「そうですねぇ、どうしましょうか」

私は人事のように言った。

「・・・ふむ。、これをやろう。私はもう1冊持っているから必要ない」

「え、ほんとですか?」

予想外の展開だ。
そして必要ない教科書にも律儀に名前を書いている太郎にも驚きだ。

「お金とかは・・・?」

「必要ない」

そう言うと、また間抜け顔をさらしている私に、太郎は教科書を渡した。
顔が優しく笑っている。


私は、太郎全部が大好きだ。


それに、太郎が私のことを好きなのもわかる。
(好きと言ってもお気に入り程度だが。まぁ私もそうだけど)

そういう先生と二人で微笑みあう時間ってのは、たまらなく私を幸せにさせる。

先生は立ち上がって私の頭を優しくひと撫でした。
でっかい手だなぁ。
私の頭、バスッケトボールみたく掴めちゃうんじゃないか?


「行ってよし」


「・・・ありがとうございました」

 

私の胸には、大好きな音楽の教科書。
それも大好きな先生の名前、榊太郎と書かれた教科書。

私はいらいらしていたのも忘れて、ものすごい幸せを噛み締めながら教室へと帰った。

 

 

 


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