くにみつ

 

 

不二が家に帰ると、玄関は大きなダンボールによって占領されていた。


「周助お帰りなさい」

「ただいま。ところで姉さん、これ何?」

靴を脱いでいる所に丁度姉が現れたので聞いてみる。

「あぁこれね。お昼に届いたんだけど、周助が喜ぶと思って開けないでおいたの。周助開けてくれる?」

「もちろん」

不二はにっこり微笑むと、かまちに腰を下ろしてダンボールを包んでいるガムテープを剥がし始めた。


べりり


「僕が喜ぶって、一体何かな?」

隣りに座る姉を見ると、にこにこ笑いながらこちらを見返してきた。

ガムテープを全て剥がしおわると、圧迫するものがなくなったためか、ダンボールは自然と口を開いた。

「うわぁ・・・」

「どう?すごいでしょう」

姉は弟を驚かせられた喜びで顔がほころんでいる。


「『くにみつ』っていうのよ」

 

 

 

「『くにみつ』、・・・・ですか?」

「うん、そうだよ」

朝練が終わり、部室に鍵をかけている手塚の手がふと止まった。


――海堂と、・・・不二だな


「それじゃまた放課後に」

「・・・ありがとうございました」

去っていく足音が二つ。どうやら部室の横にいたようだ。
音は手塚の反対方向へと消えていった。


「手塚、どうした?鍵が閉まらないのか?」

コートの鍵を閉めてきた大石に、横から覗きこまれる。

「いや何でもない」


――嫌な予感がするだけだ


心配性で優しい友人には聞こえないように呟くと、手塚はさしたままになっていた鍵をようやく抜いた。

 

 

 

二時間目が終わり、その日たまたま日直だった手塚は黒板消しを手に黒板に向かっていた。

廊下は教室移動をする生徒達で溢れかえっている。

窓際から消しはじめ、残りは廊下側の2,3行だけになった時、遠くからでも聞き分けられる菊丸の明るい声が聞こえた。


「例のモノ早くちょうだいよ〜!」


「はいはい、これだよ」

相手は不二のようだ。
声は段々近づいてきている。


「へー、こっれが『くにみつ』かぁ!ずいぶん可愛いらしい『くにみつ』だにゃ〜!」


手塚は上げていた手をゆっくり下ろし、開いている教室の扉から廊下を見た。

2メートルほど離れたところを、不二と菊丸が通り過ぎていく所だった。

そして暫くしてから軽くため息をつくと、再び黒板をきれいにしはじめた。
時間にして3秒ほどであったが、不二と目があったのは間違いないだろう。

 

今朝の嫌な予感はどうやら的中しそうだ、と手塚は思った。

 

 

 

お昼休みの終わりかけた頃になって、手塚の教室にジュースを片手に乾が現れた。

手塚の前の空いていた席に腰掛ける。

「なんだ?」

しおりをはさみ本を閉じてから顔をあげると、机をはさんでこちらを真剣に見つめる乾と目が合った。
(ちなみに、この長身の二人がひとつの机を囲む姿は、かなり狭苦しい印象を周りに与えている)


「『くにみつ』なんて大層な名前の人間は校内にお前くらいかな、と思って」


乾はじっと見ていた視線を外すと、買う人がいるのかどうかが怪しいと噂の、野菜ジュースのパックにストローをさした。

「大層かどうかは別として、他にこの名前の人間と会ったことはない」

「というか校内にはいないんだよ」

「・・・なら言うな」

生徒全員の名前を把握していてもおかしくなさそうな乾を前に、手塚の眉間のしわは深まるばかりだ。

「用があるなら早くしろ。もうそろそろ授業が始まる」

乾は野菜ジュースを机に置くと、うさんくささの漂よう微笑みを作った。


「さっき学食にな、不二と桃がいたんだ」

「あぁ」

「知らずに通りすぎたんだけど、声がしたからふり返ったんだ」

「・・・それで?」

「不二が桃に何か渡しているところだったんだが・・・」


「いちいち人の反応を伺うな」


乾は話を区切るたびに、何を期待しているのか手塚の表情を伺っている。

手塚はひしひしと嫌な予感を感じていた。


「これは失礼」

乾は笑いを洩らしながら体を前にずらすと、机にある閉じられた本の上に手を置いた。

顔を近づけて低い声を更にひそめる。

 

「何を渡してたと思う?」

 

「・・わかるはずがないだろう」

手塚は乾と視線を交わし、一旦まばたきをしてから答えた。
声と共に軽いため息がもれていた。

「うそだな、わかってるんだろう?」

乾は急につまらなそうな顔になった。

「いや本当だ」

「ふーん?・・・じゃあ答えを教えてあげるよ」


きーんこーんかーんこーん・・・・


乾はチャイムが響くと同時に、にやりと笑うと席を立った。

 

「真っ赤な『くにみつ』」

 

言いたいことを言い終わった乾は、自分を見上げる手塚に背を向け戸口へ向かった。

が、戸口で一旦止まると手塚をふり返った。


「残りの野菜ジュースはあげるよ」


そして軽く手を振ると、静かに戸を閉めた。