メテオ

 

 

あまりに天気が良かったので、リョーマは朝早くに散歩に出た。

空には雲ひとつ無い。
まだ少し薄暗い、青々とした空がひろがっている。

雲の流れが無ければただ青いだけの空の、この深さと広がりと透明感は、一体どこから来るのか。


――絶好のジョギング日和だ


空を見上げながら歩いていたため、電柱にぶつかりそうになり慌てて避けた。

こっそりと辺りを見渡す。

早朝なのが幸いしたようだ。
人気は無い。

家から少し遠い所にある公園を目指して歩く。

 

こうして空に見惚れていると、今まで悩んでいた事はすごくくだらないことなんじゃないか、とリョーマは思った。
本当に、大した事はないのかもしれない。

だがその悩みは、日に日にリョーマの中で大きく育っていた。

もう耐え切れないほどに大きい。

「サイアク・・・」

リョーマは今朝の夢を思い起こして、低く呟いた。


その夢は、輪郭はぼんやりしているくせに、感触だけは嫌にリアルなものだった。

今までに聞いたことの無いような声で名前を囁かれ、肌に触れられる・・・。


――駄目だ鼻血出そう


リョーマは思考を打ち切った。
これ以上はまずい。

それ以前にこんな夢を見た上、それに喜ぶ自分が一番まずい。

眼鏡を外した顔まではっきりとでてきた気がする。


思い出してどうする!


リョーマは必死に頭から夢を追い払った。

 

 

好きだとはっきり言われたことはない。

しかし触れ合った部分から、流れる空気から、気持ちが伝わってきていた。
それでも傍を離れてしまえば、そんなものは無かったも同じ事になってしまう。

彼は受験生で忙しいし、あまり二人で会える機会もない。

そもそもどんな理由で二人で居る機会を作るのか。
中学を卒業してしまえば、二人は会うどころかすれ違うことさえなくなってしまう。

「っていうかさぁ・・・」


公園についた。

ブランコと滑り台と、ジャングルジムしかない小さな公園だが、四方をぐるりと背の高い木に囲まれていて、中に入ってしまうと住宅地の真ん中にあるということを感じさせない。

中に誰もいないことを確認すると、リョーマは二つ並んだブランコの、向かって右側のに座った。

鉄くさい二本の鎖を掴んで、軽く漕ぐ。
鎖と鎖のぶつかり合う音が、公園に響いた。


――そんな事はどうでもいいのだ


軽く息を吐く。

問題は、二人が男同士であるという事だ。

会いたい時に会えないのも、言葉にして伝えてもらえないのもそのせいだ、とリョーマは思っている。

自分から伝えればいい、と何度も思ったがそれは出来なかった。

伝えてしまうと、言葉にしてしまうと、何か大きくて重い物が二人の上に落ちてくる気がして。

それは絶対に避けることの出来ない、隕石のようなものだ。

それが恐ろしくて、今居る安全地帯から全く前へ進めないでいる。


しかし前に進まなければ、何も始まらない。

 

空は大分明るくなってきていた。

遠くの道路からは車のエンジン音が聞こえてくる。
日常が始まる前の、ほんのひととき。

リョーマは漕ぐ足を止めた。

ブランコはゆっくりと減速して、止まる。

ジョギング特有の一定のリズムで、かすかな足音が聞こえてきた。


・・・タッタッタッタッタッタッタッタッ――


こちらに近づいてきている。

リョーマは彼の息遣いを感じた気がした。

鼓動が自然と早まる。


しっかりしろ!
彼がジョギングの休憩地点として、ここを使っているのは知っていただろう!

膝の上で組んである両手の上に、額をのせる。

身体中が緊張していた。

足音は次第に速度を緩め、ついに公園の入口の辺りで止まった。


――早く通りすぎてくれ


しかし、砂利を踏みしめる音は、確実にブランコに向かって近づいている。

そして足音はリョーマの横で止まった。


・・キィ・・・・


「早いな、越前」

声に弾かれる様にして顔を上げる。
左のブランコに座っている手塚と目が合った。

「おはようございます」

自分でも驚くほど自然に言葉が出た。

手塚は一つ頷くと、視線を正面にあるジャングルジムに移した。

「今日はいい天気だな」

「はい」

リョーマも、手塚の視線の後をたどる様にしてジャングルジムを見る。

「何をするにも持ってこいの天気だ」

「そうですね」

「・・・ところで、お前はここで何をしていたんだ?」

公園を囲む木々からは、低い鳩の鳴き声が聞こえている。


「・・・待ち伏せ、です」


手塚は軽く目を閉じた。
そしてちらりと横に目をやってから、視線を正面に戻す。

「それは、俺をか?」

「他にいないでしょう」

爽やかな風が、木々をざわめかせた。

「・・・そうか。しかし、何故だ」


何故?なんでだっけ?

リョーマは落ち着く為に、自分に問い掛けた。

 

――決着をつける為だ

 

「部長」

リョーマは真っ直ぐに手塚を見つめた。
手塚も見つめ返してくる。

そのままどれくらい時間が過ぎただろうか。


「好きだ」


「はぃ?」

先に口を開いたのは手塚だった。

「実は今日、お前の家まで行こうかと思っていたんだが・・・」

リョーマは真っ白になっている。

「・・今、好きって、言いました?」

「言ったな」

完全に動揺しているリョーマに対して、手塚はポーカーフェイスを保っていた。

「お前に無理強いするつもりはない。はっきりさせておきたかっただけだ」

手塚は確認を取る様に、ゆっくりと言った。

 


一方リョーマは。

自分が確かに手塚に好かれていた事よりも、好きと言われた事に対しての自分の感情に驚いていた。


ただ、嬉しい。


喜びは大きな流れとなって、リョーマに押し寄せてきた。
身体中が痺れてしまった様に、動かない。

その事実の大きさに、ただ喜び、驚いている。

リョーマは興奮しきっていた。

 

強く鎖を握りしめ、深く、息を吐く。

リョーマは落ち着きを取り戻そうとしていた。


――何が、落ちてくるって?


隕石は、その重力に従って衝突してしまった。
もう戻れない、戻るつもりもない。

リョーマは手塚に視線を合わせると、息を吸い込んだ。


「俺も、好きです」

 

 


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