メテオ
あまりに天気が良かったので、リョーマは朝早くに散歩に出た。 空には雲ひとつ無い。 雲の流れが無ければただ青いだけの空の、この深さと広がりと透明感は、一体どこから来るのか。
こっそりと辺りを見渡す。 早朝なのが幸いしたようだ。 家から少し遠い所にある公園を目指して歩く。
こうして空に見惚れていると、今まで悩んでいた事はすごくくだらないことなんじゃないか、とリョーマは思った。 だがその悩みは、日に日にリョーマの中で大きく育っていた。 もう耐え切れないほどに大きい。 「サイアク・・・」 リョーマは今朝の夢を思い起こして、低く呟いた。
今までに聞いたことの無いような声で名前を囁かれ、肌に触れられる・・・。
それ以前にこんな夢を見た上、それに喜ぶ自分が一番まずい。 眼鏡を外した顔まではっきりとでてきた気がする。
好きだとはっきり言われたことはない。 しかし触れ合った部分から、流れる空気から、気持ちが伝わってきていた。 彼は受験生で忙しいし、あまり二人で会える機会もない。 そもそもどんな理由で二人で居る機会を作るのか。 「っていうかさぁ・・・」
ブランコと滑り台と、ジャングルジムしかない小さな公園だが、四方をぐるりと背の高い木に囲まれていて、中に入ってしまうと住宅地の真ん中にあるということを感じさせない。 中に誰もいないことを確認すると、リョーマは二つ並んだブランコの、向かって右側のに座った。 鉄くさい二本の鎖を掴んで、軽く漕ぐ。
問題は、二人が男同士であるという事だ。 会いたい時に会えないのも、言葉にして伝えてもらえないのもそのせいだ、とリョーマは思っている。 自分から伝えればいい、と何度も思ったがそれは出来なかった。 伝えてしまうと、言葉にしてしまうと、何か大きくて重い物が二人の上に落ちてくる気がして。 それが恐ろしくて、今居る安全地帯から全く前へ進めないでいる。
空は大分明るくなってきていた。 遠くの道路からは車のエンジン音が聞こえてくる。 リョーマは漕ぐ足を止めた。 ブランコはゆっくりと減速して、止まる。 ジョギング特有の一定のリズムで、かすかな足音が聞こえてきた。
リョーマは彼の息遣いを感じた気がした。 鼓動が自然と早まる。
膝の上で組んである両手の上に、額をのせる。 身体中が緊張していた。 足音は次第に速度を緩め、ついに公園の入口の辺りで止まった。
そして足音はリョーマの横で止まった。
声に弾かれる様にして顔を上げる。 「おはようございます」 自分でも驚くほど自然に言葉が出た。 手塚は一つ頷くと、視線を正面にあるジャングルジムに移した。 「今日はいい天気だな」 「はい」 リョーマも、手塚の視線の後をたどる様にしてジャングルジムを見る。 「何をするにも持ってこいの天気だ」 「そうですね」 「・・・ところで、お前はここで何をしていたんだ?」 公園を囲む木々からは、低い鳩の鳴き声が聞こえている。
「それは、俺をか?」 「他にいないでしょう」 爽やかな風が、木々をざわめかせた。 「・・・そうか。しかし、何故だ」
リョーマは落ち着く為に、自分に問い掛けた。
――決着をつける為だ
「部長」 リョーマは真っ直ぐに手塚を見つめた。 そのままどれくらい時間が過ぎただろうか。
先に口を開いたのは手塚だった。 「実は今日、お前の家まで行こうかと思っていたんだが・・・」 リョーマは真っ白になっている。 「・・今、好きって、言いました?」 「言ったな」 完全に動揺しているリョーマに対して、手塚はポーカーフェイスを保っていた。 「お前に無理強いするつもりはない。はっきりさせておきたかっただけだ」 手塚は確認を取る様に、ゆっくりと言った。
自分が確かに手塚に好かれていた事よりも、好きと言われた事に対しての自分の感情に驚いていた。
その事実の大きさに、ただ喜び、驚いている。 リョーマは興奮しきっていた。
強く鎖を握りしめ、深く、息を吐く。 リョーマは落ち着きを取り戻そうとしていた。
リョーマは手塚に視線を合わせると、息を吸い込んだ。
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